Jeffrey

アングスト/不安のJeffreyのレビュー・感想・評価

アングスト/不安(1983年製作の映画)
3.0
「アングスト/不安」

冒頭、ある朝。刑務所から保釈されていた殺人犯・K。街を彷徨う狂人、とある一家に侵入、残酷な殺人、ダックスフンドの存在、地下道、血塗られた娘、風呂場の出来事、タクシー、カフェ、。今、不安、心配、苦悩が我々を襲う…本作は1983年に公開されたオーストリア映画で、日本では長らく封印されていた伝説的なカルト映画で、ー部輸入版ソフトで見れる状態にはなっていたが、去年劇場で公開されて見逃したためBDを購入して初鑑賞したが凄い映画だった。実際にVHSが発売されており、その時のタイトルは「鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜」で廃盤でなかなかお目にかかることが難しかった。因みにオリジナルタイトルの意味はドイツ語で、不安、心配、苦悩、恐れらしい…。既にマイケル・ルーカー主演でこのような殺人鬼を描いた「ヘンリー」と言う作品もBD化され、その時の発売元もキングレコードだった。このメーカーはタブー的なオカルト映画をソフト化するのに力を入れてくれている。

本作は注意書きとして、実際に起こった事件を描いており、劇中、論理的に容赦しがたい設定、描写が含まれており、全て事実に基づいたものであり、本作は娯楽を趣旨としたホラー映画ではない、実在の殺人鬼の心理状態を探るべく制作された映画で、見るものに取り返しのつかない心的外傷を及ぼす危険性があるため、この手の作品を好まない方はご鑑賞ご遠慮下さいますようお願いいたします。またご鑑賞の際には自己責任において覚悟をしてご覧ください。犬は無事ですとの注意書きがある。なんともそそる文脈だろうか。まさに本物の異常が今解き放たれ、後悔しても遅いと言わんばかりの刑務所を出所した狂人が、途端に見境ない行動に出るのを捉えた映画だ。

本作の冒頭は、主人公の殺人鬼がカメラに向かって歩いてくるクローズアップで始まり、とある老夫婦の家に入り、拳銃を向けて撃つぞと言い老婆を殺すシーンから始まる。さて、物語は、80年1月オーストリアで発生した、殺人鬼ヴェルナー・クニーセクによる一家惨殺事件。別の犯罪での刑期を終えて予定されていた出所の1ヵ月前、就職先を探すために三日間のみ外出を許された際の凶行だった。決して世に放出してはならないかったこの狂人の異常な行動と心理状態を冷酷非情なタッチで描写した実録映画が本作である。ダイナミックなカメラワークと暴力シーンと終始不穏な空気で性的描写、未知との遭遇、カオスと暴力と容赦ない光景が写し出されていて、サイコパスの心に土足で入り込んだ感覚に陥る。最も関わりたくない人間像が本作にはある。なんだかこの時代から今後作られていくジャンル映画を先取りしたような1本だった。低予算映画、ゲテモノ映画、B級映画、インディペンデント映画と様々な言い方はあるが、この映画は一言で言って獣映画だ。


いゃ〜、見事なまでに胸くそ悪い演出のオンパレードで絶句する。確かギャスパー・ノエがVHSをフランスで購入して50回以上見たと言われている映画で、少なからずノエに影響与えているだろう。どうやら83年公開当時は、嘔吐する者や返金を求める観客が続出した本国オーストラリアでは1週間で上映打ち切りになったそうだ。その他の欧州全土は上映禁止、米国ではXXX指定を受け配給会社が逃げた。これが唯一の監督作となったジェラルド・カーグル監督は、殺人鬼の心理を探ると言う崇高な野心のまと全額自費で制作、全財産を失ったそうだ。狂人Kを熱演したのはアーヴィン・レダーであり、彼は「U・ボート」で知られている役者だ。

男が出所して立ち寄ったコーヒーショップで若い女2人を眺めながらいかにも不味そうなソーセージにかぶりつくクローズショットはあまりにも気色が悪い。そんでジェニファー・ローレンスを老けさせたようなタクシー運転手を靴紐で絞めようとするシーンで、森に逃げ込む殺人鬼の顔のクローズアップがされるのも迫力がありつつ気持ち悪い。この映画頭上ショットや空中撮影が目立つ。基本的に被写体よりもカメラが上にいて、後頭部や斜め横から捉えている。娘を殺して血だらけになって血をすすり飲む場面も強烈で、血に染まりパンツのベルトを締めようとする滑稽さもやばかった。彼が街を彷徨う間に必ず流れるアップテンポな音楽も聴き心地が悪い。それにしても一昨年ぐらいにオランダ・フランス合作の傑作サイコサスペンスの「ザ・バニシング」が再登場され、話題になったばかりなのに、ここまたオーストラリア産のブットんだ作品が登場するとは、正直オーストラリア映画というのは頭の吹っ飛んでる作品が多くあるため、私の愛して止まない「アブノーマル」もぜひともVHSからソフト化してほしいものだ。上映だってしてくれてもいい。

ユルグ・ブットゲライトをはじめ、ファティ・アキン監督らも相当に気にいっている映画で、悪魔のいけにえなどと並ぶ傑作として認知され始めているようだ。ノエの「クライマックス」がいささか頭上ショットの固定が多かったのは本作の影響だと見られる。それからダーレン・アロノフスキーの「π」もその一つ。それにしてもPOVのような主観的映像が非常に良かった。それから音楽と撮影、なんともユーモアで、というか主演を演じた役者がなんといったって強烈なインパクトを残す。あんなビジュアル攻撃はたまらない。そもそも自国で起きたこの事件に衝撃を受けた監督の心の中に殺人犯の心理に非常に興味を持った純粋な欲望がこの映画を作ったと言える。シリアルキラー映画の中でもダントツだと言える。ハネケも同じオーストリアを舞台にした胸くそ悪い映画をとっているため、少なからずとも影響はもらったのではないだろうか…。

タンジェリン・ドリームの冷酷で冷たい緊張感途切れなく持続する音楽と映画の編集が非常にマッチしていて、終始動き回る殺人鬼の不安な内面が細胞一つ一つに触れてくる。そういえば劇中に登場する犬(ダックスフンド)は撮影を担当したスタッフの飼い犬らしく、海外窓口に、日本国でこの犬の不安を宣伝部が動画を作って伝えたところ、撮影中に犬が大丈夫だったかと言う勘違いの返答が返ってきて面白いエピソードだったと言うのである。確かに劇中の犬は非常に可愛く動き回っていた。あんなかわいい犬がもし殺されていたらショックだろう。主人公の殺人鬼もダックスフンド同様にとにかく動きまわるが、殺人を犯しているカオスな状況の中犬はのんきにうろついていた。ところでこの作品ツッコミどころが満載で、そのツッコミを言ってしまうとネタバレになるから言えないのがもどかしいのだが、とりあえず殺人鬼には向いていない手際の悪さが爆笑する。というか、一体何をしたいのだろうと言うシーンが多く出てくる。確かに残酷な地下の描写などは脳裏に焼きついてしまうが、かなり雑である。

今でこそ山のように自宅に侵入して家族をいたぶり、皆殺しにする映画「マザーズ・デイ」「屋敷女」「スペイン一家監禁事件」その他の様にあるが、理解不能な心理の探求を試みた映画はこれだけだろう。監督は借金をしながら作ったと言っていたが、この作品は少なからず成功しているので、もう1本ぐらい長編映画をとっても良かったのに、本作だけなのは少しばかり残念だわ。他に興味をそそる事柄(事件)がないと無理なのだろうか…。そして地下道で〇〇される女性役のシルビアは豚の本物の遅を浴びせられ演じたそうだ。彼女は全くの素人で、心理学を専攻した学生で、エキストラのアルバイトとして本作に出演したそうだ。監督が素人を探していてエージェントが問い合わせたみたいだが。
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