takanoひねもすのたり

アングスト/不安のtakanoひねもすのたりのレビュー・感想・評価

アングスト/不安(1983年製作の映画)
3.6
「撃ちますよ」
冒頭のシーンの唐突な銃撃と、バアンって撃った後、お婆ちゃんが胸を押さえてバッタリ倒れ、叫びながらお爺ちゃんが駆け寄るシーンが上から見下ろすアングル。
カメラワーク、ふと奇妙だなと思い。
そう、撃った本人がフレーム外。
⚠ちょっと長いよ

その後、精神分析医から彼の病歴説明がひと通り入り(この医師の前衛的な髪型よ……ボンバってたぞ……)タイトルクレジット。

そして本人Werner Kniesekの独白に入り、刑務所から釈放されるところから一家殺害への幕が上がる。

刑務所内のカメラワークは長回しでほぼ下からのアングル、しかし中心点は看守のじゃらじゃら鳴る鍵、そして区域ごとにガシャンと音高く閉じられる鉄扉。
ここまでの時点で「こいつ10年喰らった割には何も矯正されてねぇ……世に解き放ってはいけないタイプなんじゃ……」と予感満載。

精神分析医が言う彼の育った環境を聞く限り、彼はサイコパス/ソシオパスのどっちかというと後者(親の影響等による後天的な性質)と思う。サディズムは変質的で肥大化したうえに自己顕示欲も強い。

サディズムへの目覚めがマゾの性癖を持つ年上女性からレイプに近い関係で始まり加虐性癖に目覚めたものの、真っ当なセックス不能者(恋人はいたものの他人とヤッてるところを見て楽しんでる場面有り)肥大化したコンプレックスの塊と、社会(母親、祖母、修道院、継父への)怒りを抱えた……大人からの体罰という幼少期の虐待体験、動物殺害からの殺人への段階を上がった、今でこそ犯罪心理学で「典型的なシリアルキラー」と判断できるけど、80年代は犯罪心理学がまだあまり適応されてなかった頃だっけ……初めにロンブローゾが提唱したと記憶してるけど。

理性的ではなく衝動的で行動をコントロール出来ない男なのだけど、何度も繰り返す「計画が浮かんだ」「新しい計画」はとことん順調に行かず行き当たりばったり失敗続き。矛盾。

出所してすぐタクシーの女性運転手を襲おうとして失敗、慌てふためいて荷物置きっぱなしで逃走のスマートさの欠片もない。

また忍び込んだ一軒家で。
ターゲットにした中年女性に腰が引けてたかと思うと(実母への恐怖心が甦ったため)突発的に破壊行動に走ったりする。

彼の内心がだだ流しなため、論理的(これ本人も使うけれど全く論理的思考をしてない)な考えがあっての行動かと思えば全く筋が通らない。

その思考と行動のデタラメさが観てる側には不安になる牌なのだと思う。

ショックシーンは娘さんの殺害シーンくらい。
絞殺、溺死ときてメッタ刺し、血を飲み吐く、挿入無しで射精する(興奮のスイッチが入るとエレクトして射精したらしき描写はその前にも数度ある、ドライオーガズムかも知れないけど)
(イキの後で崩れ落ちてる男の股間を犬が匂いを嗅ぐシーンに、やめて差し上げろ……と思うなど 笑)

娘さんの殺害は本来7〜11時間の拷問のうえの殺害で散々いたぶられた痕がすさまじい凄惨さだったそう。
ここは事実から改変有りの部分。

犬は入れ歯で遊ぶし、娘さんが殺されてる側でボールにじゃれつくし、男の後にはついて行くし、お前は……お前は……笑
(本当は猫が殺害されたのでこの部分も改変)
(また逮捕時の描写も改変されている)

ギャスパー・ノエ監督がこの作品に影響受けたのはカメラワークのほかに、俳優の独白の部分でもあるのだろうと個人的には思う。
「カルネ」や「カノン」の社会への怨嗟をグチグチ言う主人公は、まんまこの作品の反映な気が。

不穏を煽るカメラワークは「悪魔のいけにえ」の踏襲もある気がしたけれどこれは個人的な感触。
音楽は元タンジェリンドリームのひとと知れば納得のスコア。
確実に映画に一役買ってる。

強迫性障害と統合失調症と結果至上主義の男の常軌を逸した行動が描かれる作品で内容そのものは、電波系のひとの生態を描いた作品と同類かも。
カメラワークと音楽と俳優の熱演で特異点を出してるような感じ、正直今の盛り上がりは過大評価過ぎるような…とは個人の感。

本人は2020現在でも未だ収監中。
今は70代のお爺さんですが、老いても野に放ってはあかんだろな……としみじみ思うのでした。