沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の作品情報・感想・評価

沙羅双樹(しゃらそうじゅ)2003年製作の映画)

SHARA

製作国:

上映時間:99分

ジャンル:

3.7

「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)」に投稿された感想・評価

ならまちの夏の迷宮感。最後に奈良の上空へ登ってゆく視点は誰のものなのかを考えると鳥肌が立つ。沙羅双樹と2つ目の窓はどちらも撮影監督が大好きな山崎裕さんなんだよ。
奈良町周辺、日常。
しゃび

しゃびの感想・評価

5.0
生きるという普段当たり前すぎて意識しないことを、日常生活の中から力一杯感じさせてくれる作品。

作中言葉として出てくる訳ではないのだが、観ていて深く「営み」という言葉について考えさせられた。

ちなみに、コトバンクによると「営み」とは以下のような意味らしい。

1 物事をすること。行為。作業。
2 生活のためにする仕事。生業。
3 特に、性行為。
4 したく。準備。
5 神事・仏事を行うこと。

人が生きていてお互い関わり合うからこそ、様々な営みが生まれる。だからもし、今まで深く関わり合っていた人を失うと、当然営みは共有できなくなる。その喪失感と向かい合い、そしてどのようにして立ち直り前を向いてゆくのか。この作品はその過程を丁寧にゆっくりと描いている。営みの喪失から立ち直る方法は、やはり営みを紡ぐことだ。それは家族の営みだったり、コミュニティ全体の営みだったり、淡い想いよせる男女の営みだったりする。

兄弟を失ったひと、子供を失ったひと、愛するひとを失ったひと。カメラは街の中を傍観者のようにふらふらと彷徨う。
喪失そのものはあえて描かず、会話の中で知らされるだけである。なぜなら、この映画のテーマは生きることだから。

河瀬作品は、観るものをその世界へ導く引力がとても強い。路地の多い奈良の街並み、住空間、そしてそこで生きる人々の姿に観るものはどんどんと引き込まれてゆく。


途中あまり馴染みのない儀式が出てきた。長い数珠をみんなで回していて、何かの弔いの一種かと思ったら、外では縁日のようなものが催されており子供達が遊んでいたりする。どういう意味のある儀式なのだろうと思いながら観ていたが、後で調べてみると「地蔵盆」という儀式らしい。恥ずかしながら、私は全く知らなかった。
私の住む地域ではあまり目にしないものだが、意味合いを調べてなるほど、と思った。



ネタバレ↓

まず、きっちり観せるシーンを始めと終わりに持ってきているのが素晴らしい。

ゆらゆらと空中を揺らめくカメラからの、子供の失踪劇で物語が始まり、ラストは出産という物語の集大成となるシーンから、成仏を彷彿させる空を舞うカメラで締めくくられる。

ただの掴みとして、始めに見せ場を作る作品はハリウッドを中心として多くある。
そうではなく、テーマに沿った見せ場をちゃんと配置できている点でもこの映画は素晴らしい。100分足らずの尺にしっかり収め、かつ始めと終わりに主題に沿った見せ場を作る。それが出来ただけで映画は及第点だと思う。出来ている映画はそれほど多くない。

もちろんこの作品はそれだけではなく、中身もぎっしりとつまっていて贅沢なことこの上ない。
サト

サトの感想・評価

3.5
この映画を観て青春18切符を使ってバサラ祭りに行ったことを思い出した。
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