三畳

イグジット・スルー・ザ・ギフトショップの三畳のレビュー・感想・評価

4.2
バンクシーを撮ろうとした男が、よっぽど自分より面白いので映画にした、とのこと。

バンクシーってネットニュースを騒がせる人くらいの認識で、「正体不明で誰もその姿を見たことがない」設定もフーン面白いじゃん(中二っぽいな)みたいな印象でした。

前半は、そのバンクシーを含めた、ストリートアーティストを追うドキュメンタリー。撮影しているのはティエリーというカメラオタク男。
バンクシーは自分達を撮られたビデオにコメントを挟むだけなので、つまり被写体だから、これティエリー監督作品と言った方がいいんじゃないの?と思っていた。この時は。


ティエリーは四六時中カメラを持ち歩いてなんでも記録するという、魅力的な変人だった。ある時からストリートグラフィックに興味を持って、真夜中に活動するアーティスト達に密着撮影をしながら、自ら助手的な役割を買って出ている。一緒に屋根に上るし、見張りをする。
壁に描かれる「落書き」にどういう意味があるのか、一緒に知っていくことになる。すなわち、絵自体の巧さ云々ではなく、行動がアートなのかなと思った。

数々のアーティストに泥臭くついてまわったおかげで、街の壁を誰より知り尽くし、会いたいと思っていた伝説のバンクシーにも紹介してもらえた、という流れはピュアなサクセスストーリー!

バンクシーは、ディズニーランドでのゲリラアートに同行し警備員に屈しなかった1件以来、ティエリーを気に入り、撮りためた映像から映画を作るように勧めてみた。

だけどティエリーは独自の理屈に基づき、撮るだけ撮ったらそのテープは雑然と積み重ねていくだけで二度と見ないという不思議ちゃんだった。

どうにかできた映画(というか素材コラージュ)を見たバンクシー評
「まるで観るに堪えない90分の悪夢 落ち着きのない人間が絶えずチャンネルを変えている感じだ …非常に斬新だと彼には言ったよ」
と一応気を使ってるのがウケる。
それを聞いた本人は「バンクシー褒めてくれた!いい映画だって!」としっかり社交辞令を額面通り受け取ってるのがさらにウケるw

憎めないんだよね。まぁ、映画監督は向いてないね苦笑ってことになって、
今度は、グラフィックアートを実際にやってみるように勧めてみた。すると幸か不幸か、長年の密着撮影によってアーティストの手法を目で盗んでいたおかげで、形式的にはそれなりにできてしまったティエリー。
いつしか、被写体はこのカメラオタク男に。

後半は、ただ撮影が趣味なだけだったティエリーが、色々あって自分の絵で個展を開催することになるのだが、バンクシーの期待を裏切りたくない気持ちが働いて、一番大きなギャラリー(美術館ぐらいありそうな戸建て倉庫まるごと)を借り、全財産をつぎ込み、スタッフをがんがん雇い入れる!
この勢いは気持ちよいけど、言ってみれば何の下積みも信念もない、無名どころか素人なので、見ていてまじで不安しかない。

また、こういうウォーホルなどの印刷とか複製アートって、描いたって言ってるけどどこから?という点。デッサンしている様子はなく、実際にはスタッフが作業をしている。
それ自体はいいんだけど、ティエリーは個展をするという目的が先行していて、絵にメッセージも主義もなく、何より悪質なのが、忙しさにかまけて多分本人がそのことに気付いてもいない。

ここからが強烈な皮肉パンチ。
”バンクシーの弟子”という宣伝文句だけで、事前に雑誌の取材が入ったおかげで、会期前から今一番ホットな新人として大注目されてしまう。
信じがたいことだけど、流行に敏感な人々は、会場に長蛇の列を作った。

私はこの一連の流れで、趣旨は異なるけど2017年のブラックボックス展を思い出した。内容はネタバレ禁止で、実際には真っ暗な何もない部屋があるだけでしたーっていう確信犯アートで、5時間待ちの列ができてたらしい。

ティエリーの展示はなんとか品数だけはたくさん飾られた。
風刺を得意とするバンクシーの文脈で語られるものだから、意味のないものも意味ありげに見えてしまう。並べたキャンバスの上を、三輪車に乗ってちゃら~っとペンキを垂らしただけの作品であっても、大行列に並んだ後で見るそれは価値のあるものとして映っただろう。

記者のインタビューに、はっきりと直感通り否定的な意見を示す人は少数派で、ちゃんと自分の審美眼を信じていてかっこいいと思った。ほとんどの来場者は、今最も評価されているアーティストだから良かったというような感想だった。
ティエリー本人に「このモチーフはどうして繰り返すの?」とか芸術的観点で質問しても、これといった回答をしていない。

それでも、来場者数がさらなる来場者を呼び、実体を伴わない評価がバブルな株価のように膨れ上がり、絵はとぶように高値で売れ、黒字どころか大儲けできてしまった!

ティエリーは鼻高々。俺はアーティストとして成功した。たいした努力もなく、富と名声を短期間であっけなく手にした。みんな満足して帰っていった。何が悪いのか?と草に寝転び、
「Life is Beautiful」と描かれた巨大な壁が、バーーーン!!!と崩壊して、おしまい。

うおーー!!おもしろかっこいい!!笑
なぜ、撮影が好きなカメラオタクのままでいられなかったんだろう?純粋に才能を信じたバンクシーの語りが切ない。曰く、以前は誰でもアートに触れるべきだと思っていたけど、ティエリーを見ていて、どうなのか…と考えが変わってしまった。アートは誰でもやるべきものじゃないのかもしれない、と。

本当アートって何なんだろうって思ったし、口コミレビューありきで美術鑑賞している、何もわかってない自分をいきなり大写しで殴られたので驚いた。私は高級ワインの瓶に入れられた赤玉にも気づかずおすまし顔で支払いすると思う。
マーケティングの力を思い知った。

そしてドキュメンタリーとしてもこの映画が壮大なジョークでしっかり食らわせてくるバンクシー監督のものでしかない作品になっていたのが良かった。
こんな風にさらされるティエリーが今幸せでいることを願う!

OPとEDで聞こえ方が変わる曲もいいね。
三畳

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