きょんちゃみ

ハックフィンの大冒険のきょんちゃみのレビュー・感想・評価

ハックフィンの大冒険(1993年製作の映画)
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【マーク・トウェイン著『カリフォルニア人物語The Californian’s Tale』私訳】

 若い頃、私はカリフォルニアに金を探しに行った。私は自分が金持ちになるのに十分な量の金を見つけることはできなかったのだが、しかし私は、ひときわ美しい土地を見つけた。そこは、「スタニスラウ」と呼ばれていた。スタニスラウは、地上の楽園のようだった。優しい風が木々に触れる、明るい緑の丘と深い森がそこにはあった。
 他の人々も金を探しており、私が到着するより何年も前に、カリフォルニアのスタニスラウの丘に既にたどり着いていた。彼らはその谷に歩道や店、銀行、学校などがある町を建設した。彼らはまた、自分の家族のために愛らしい小さな家を建てていたのだ。
 最初、彼らはスタニスラウの丘でたくさんの金を見つけた。しかし、彼らの幸運は、長くは続かなかった。数年後、金が尽きたのである。私がスタニスラウに着く頃までには、すべての人々もまた、いなくなっていた。
 今では道々に草が生えている。そして、その小さな家々は野バラの木で覆われていた。はるか前のあの夏の日、私が誰もいない町の中を歩いていると、虫の音だけが空気を満たしていた。ちょうどその時、私はやはり一人ではないのだということに気づかされた。
 ある男がその小さな家々の一つの前に立ち、私に向かって微笑んでいたのである。この家は野バラの木に覆われてはいなかった。その家の前の小さく素敵な庭は青や黄色の花々で満ちていた。白いカーテンが窓にかかっており、柔らかい夏の風に揺れていた。
 その男は、まだ微笑みながら、家のドアを開けて、私に身振りで合図した。私はその家の中に入り、目を疑った。私は何週間もの間、他の金採掘者たちと、不快な採掘場に住んでいた。私たちは固い床の上で寝て、冷たい金属皿から缶詰の豆を食べ、金を探す困難な日々を過ごしていた。
 この小さな家の中では、私の心が再び生き返ったようだったのだ。
 私はピカピカの床の上の、綺麗な絨毯を見た。写真が部屋の至る所に吊るされていた。そして、小さなテーブルの上には、貝殻や本、花々が詰まった陶器の花瓶が置かれていた。ある女性がこの家を「わが家」に一変させていたのであった。
 私の心の内の喜びが、私の顔にも露われていたにちがいない。その男は私の心を読んだ。「そうなんです。これらは全て彼女のおかげなんですよ。この部屋の中にあるもの全ては、彼女の手になるものなんです。」と彼は微笑んだ。
 壁にかかった写真のうちの一つは真っ直ぐに吊るされていなかった。彼はそれに気がつき、そしてそれを直しに行った。彼はその絵が本当に真っ直ぐになっているかを確認するために何度か一歩退いて、距離を置いてみていた。それから彼は、その絵に彼の手で優しく触れた。
 「彼女はいつもこうするんです。」と彼は私に説明した。「この触れ方は、母親が子供の髪を梳かしたあとで、仕上げに撫でてやるのに似ているんです。私は彼女がこれらを直すのをよく見ていたから、彼女がやるのとちょうど同じようにできるんですよ。自分がなぜこんなことをしているのかは分からない。でも、とにかくやっているんです。」
彼が話している間、私は、彼が私に気づいて欲しい何かが、この部屋の中にあるのだろうと分かった。それで私は辺りを見渡してみた。私が暖炉の近く、部屋の隅に目をやった時、彼は突然幸せそうに笑い、うれしくて両手をこすり合わせた。
「それそれ!」と彼は叫んだ。「とうとう見つけちゃいましたね。見つけると思っていたんです。それが彼女の写真ですよ。」私は、それまで見た中でいちばん美しい女性の小さな写真が飾ってある、小さな黒い棚の方へと歩み寄った。女性の表情には、かつて私がみたことのないような甘美さ、そして優しさがあった。
その男は私の手から写真を取り、その写真を見つめた。「彼女は前の誕生日で19歳になったんです。それは私たちが結婚した日です。あなたが彼女に会ったら…。あ、彼女に会えるまで待っていてくれませんか!」
 「彼女はどこにいるんですか?」と私は尋ねた。
「あぁ、彼女は今出かけているんです。」と彼は写真を小さな黒い棚に置きながら身振りで示した。「彼女はご両親に会いに行ったんです。ご両親はここから40マイルか50マイル離れたところに住んでいて、彼女は今日で2週間、出かけています。」
 「いつ帰ってくるんです?」と私は尋ねた。
 「えーと、今日は水曜日、ですね。」と彼はゆっくりと言った。
 「彼女は土曜日に帰ってきます。土曜の午後です。」
 私は強い落胆の念を抱いた。「ああ、ごめんなさい。私はそれまでにはここを去るつもりなんです。」と私は言った。
 「去るですって?だめです!なぜあなたは行かなければならないんですか?行かないでください。彼女はとても残念に思うでしょう。だって、彼女は人々を招いて、一緒に過ごしてもらうのが好きなんです。」
 「でも、私は本当に行かなければならないんです。」と私はきっぱりと言った。
 彼は彼女の写真を拾い上げ、私の目の前でそれを持った。「これです」と彼は言った。「さあこの写真に映る彼女の顔に向かって、自分は彼女に会うためにここにとどまることもできたのに、それでもあえてそれをしなかった、と言ってもらえますか。」
 2度目にその写真を見たとき、何かが私を心変わりさせた。それで私はここにとどまることを決めた。
 その男は私に、自分の名前はヘンリーだと言った。
その夜、ヘンリーと私は、主に彼女についてではあったが、たくさんのことについて話した。次の日は、静かに過ぎていった。
 木曜の夕方、私たちには来客があった。その客は大きく、白髪で、トムという名の坑夫であった。「いつ彼女が家に帰ってくるのかを尋ねに、ちょっと数分だけ寄ったんだ。」とトムは説明した。「何か知らせはあるかい?」
「ああ、あるよ。」とヘンリーは答えた。「手紙を受け取ったんだ。聞きたいかい?」
 ヘンリーは黄色の手紙をシャツのポケットから取り出し、それを私達に読んで聞かせた。その手紙は、ヘンリーと他の人々、つまり彼らの親友や隣人たちへの愛のこもったメッセージでいっぱいだった。ヘンリーが手紙を読み終えたとき、ヘンリーは彼の友達を見つめた。「おいおい、またじゃないか、トム!私が彼女から来た手紙を読むとき、君はいつも泣いてしまう。今度こそ彼女に伝えてしまうからね!」
 「ああ、君はその手紙を読んじゃいけないぞ、ヘンリー。」とその白髪の鉱夫は言った。「私はどんどん老いている。だから、どんなちょっとした悲しいことでも涙が出てしまうんだ。私は彼女が今夜ここにいることを本当に願っていたんだよ。」
 その翌日の金曜日、別の老いた鉱夫が訪ねて来た。彼は手紙の内容を聞かせてくれと頼んだ。それを聞くと、彼も泣いた。「私たちはみんな、こんなにも彼女が恋しいんだ」と彼は言った。
 土曜日が、ついにやってきた。私は、気づくとしょっちゅう腕時計を見ていた。ヘンリーはこのことに気がついた。「彼女に何かが起こったのだと思っているんじゃないですか?」と彼は私に尋ねた。
 私は笑って「彼女はきっと大丈夫ですよ」と言ったが、彼は満足しているようには見えなかった。
 ヘンリーの友人のふたり、トムとジョーが、日が沈み始めたころにやってきて、私は彼らに会えたのが嬉しかった。その老いた鉱夫たちは、ギターを持ってきていた。それから彼らは、花々とウイスキーのボトルも持ってきていた。彼らは花瓶に花をさし、素早く生き生きとした曲をギターで弾き始めた。
 ヘンリーの友人たちはヘンリーにウイスキーのグラスを与え続け、そしてそれをヘンリーに飲ませた。私が机の上に置かれた2つのグラスのうちのひとつに手を伸ばした時、トムが私の手を止めた。「そのグラスから手を離して、そっちのを取ってくれ!」と彼はささやいた。ちょうど時計が深夜を告げたとき、トムはヘンリーに残されたウイスキーのグラスを渡した。
 ヘンリーはそのグラスを空にした。ヘンリーの顔はどんどん白くなっていった。「なあ、気分が悪いんだ。横になりたい。」とヘンリーは言った。
 ヘンリーはほとんどそう言い終わらないうちに、眠ってしまった。
すぐさま、ヘンリーのふたりの友人は彼を持ち上げて寝室へと運んだ。そして彼らが寝室の扉を閉じて、戻ってきた。彼らはここから去る準備をしているように見えた。だから私は、「皆さん、行かないでください。彼女は私を知らないでしょう。私は彼女にとって見知らぬ人なのです。だからここにいてください。」と言った。
 彼らはお互いに目を見合わせた。「ヘンリーの奥さんは19年前に死んだんですよ」と、トムは言った。
 「死んだ、ですって?」と私はささやいた。
 「死んだか、あるいはもっと悪いか。」とトムは言った。
 「彼女は、結婚した約半年後、彼女の両親に会いに行ったんです。6月の土曜の夕方、帰り道のことでした。彼女はほとんどこのあたりまで来ていたんですが、そこで先住民達が彼女を捕らえたんです。それ以来、誰も彼女を目にしていません。ヘンリーは正気を失いました。ヘンリーは、彼女がまだ生きていると思っています。だから6月になると、ヘンリーは彼女が両親に会いに行くために、旅に出てしまったのだと思いこむようになるんです。そしてヘンリーは、彼女が帰ってくるのを待ち始めます。彼はあの古い手紙を取り出すのです。そして、彼がその手紙を私たちに読んで聞かせることができるように、私達はここへ立ち寄りにやってくるのです。」
「彼女が帰ってくるはずの土曜の夜に、私達は彼と一緒に過ごすためにここへ来るのです。私達は、彼が一晩中眠れるように、睡眠薬を彼の飲み物に入れています。こうすれば、彼はもう一年、大丈夫なのです。」
ジョーは彼の帽子とギターをとった。「私達はこれを19年間にわたって、毎年6月にやってきたんです。」とジョーは言った。「最初の年には、27人の仲間がいました。今やたった2人だけが残されました。」
 そう言って、彼はこの愛らしく小さな家の扉を開けた。そして、この2人の年老いた男たちは、スタニスラウの闇の奥へと消えていった。
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