本日5月16日は世界に誇る巨匠・溝口健二監督の生誕120周年に当たります!
溝口の代表作の一つ『山椒大夫』は、安寿と厨子王の伝説として日本古来から親しまれる説教節『さんせう太夫』をベースに、文豪・森鴎外が編纂した小説を更に映画化したもの。
不条理にも貴人から下人へと身を落とした厨子王が悲劇の末に復讐を果たすという因果応報の原典とは多少異なり、
散々になった家族の絆が全面に押し出された鴎外版は一層感動的に仕上げられています。
そこに溝口の映像美と徹底したリアリズムが添加された本作は、日本屈指の名画として今なお鮮烈な感動を呼び起こしてくれるのです。
溝口はヌーヴェルヴァーグの精鋭たちに多大な影響を与えただけでなく、
寡作の巨匠ビクトル・エリセ監督に至っては本作をきっかけに映画監督を志したほど!
ここで描かれる主人公の父親は、虐げられ困窮した民衆のために謀反を働いた逆賊の官吏。
この設定は森鴎外の創作ですが、その人物像は陽明学者・大塩平八郎に起因するところが大きいと思います。
大塩平八郎は江戸幕府の役人でありながら、官僚体制の腐敗ならびに飢饉に苦しむ庶民を尻目に私腹を肥やす豪商に対し、天誅を下すべく「大塩の乱」を起こした慈悲の偉人であり、
実際に森鴎外は『山椒大夫』を発表する前年の1914年に小説『大塩平八郎』を執筆しています。
元々鴎外も官吏の経歴がありますが、1910年代には「大義・忠誠」についての作品を多く執筆しており、それは当時第一次世界大戦の渦中に課せられた、彼なりの課題のようにも思えます。
また過酷な奴隷的労働環境を是正する描写も鴎外の創作なわけですが、ある種の社会民主主義的思想をも匂わせるこの部分には、現在の労働基準法の元に当たる工場法~労働者保護法が1911年に公布され、後の1916年に制定されることになる世相が影響していると云えます。
そして溝口が描いた本作『山椒大夫』には、戦後の日本が目の当たりにした貧困と不条理な混乱が更に投影されています。
戦争で散々になった家族、人身売買、特権者の横暴、そして華族制度も廃止され、等しく貧しい全国民が本格的に平等を手にし再びゼロから生きようとする希望。
また『西鶴一代女』に込められた階級闘争だったり、『雨月物語』の封建制度における身分だったり、『祇園囃子』で描かれた基本的人権だったりと、歴作のテーマがしっかり活かされているのもポイント。
宮川一夫の天才的キャメラが冴え渡り、日本の美しさを誰よりも巧みに切り取った名匠溝口健二の超傑作です。