半兵衛

私はゾンビと歩いた!の半兵衛のレビュー・感想・評価

私はゾンビと歩いた!(1943年製作の映画)
4.0
異形の者と化した女性を愛し抜いたがゆえの男の悲劇が静寂なる恐怖とともに綴られていく奇談、舞台となる黒人の島(タヒチだと思われるが、この作品では西インド諸島とぼかされている)独自の文化や風習が異国情緒の雰囲気を醸し出して映画を盛り上げる。

いわゆるゾンビ映画の枠組みに入る本作ではあるが、後年のような人を襲って食べたり仲間を作って群れをなしていくといった描写は皆無であくまで催眠状態の死体という元ネタのブードゥー教に準じた設定となっている。とはいえ何を考えているかわからず、主の命令がない限り死人同様ボーッとしている姿はゾンビを演じる役者の熱演もあってモンスターゾンビとは違う気持ち悪い怖さを感じる。特にDVDのパッケージにもなっている黒人のゾンビが登場したときには本当にビビった。

精神を患った夫人の看護をするため島に訪れた主人公の女性が情報量の少ない状態で謎の音や現象に襲われ、主人公同様恐怖におののく姿はまさにホラーの王道展開。

恐怖描写の巧みさも特筆すべきで、影や音(遠くから聞こえる太鼓の怖さ!)など日常にあるギミックを使って心理的な怖さをゾワゾワと煽っていく。中盤主人公がブードゥー教の拠点に行くためサトウキビ畑の中を歩くシーンの誰かが彼女を覗いているようなカメラワークも怖いが、序盤寝ている主人公に使用人が足にさわって起こさせるシーンの一見気遣いに満ちた対応が実はそうではなかったことが一番怖かった。

かつて白人の奴隷として連れられてきた黒人が住み着いた島の設定や、島に住む黒人たちが時折白人に見せる接し方など「差別してきた白人たちに対する黒人たちの視線」がドラマに深みをもたらす。と同時に白人の登場人物が黒人の信仰する神により異形の者に変化させられたり追い詰められたりするドラマも、白人の文化が黒人社会に反撃され彼らの社会に飲み込まれていく現代の歴史の過程を描いたメタファーなのかも。

ゾンビを愛した人間にもたらされるラストが悲しく、同時に死こそ幸福というある登場人物の言葉が深く刺さる。

でも主人公と精神を病んだ女性の旦那とのラブロマンスはいらなかったかも、その旦那もドラマでは恋愛要素以上に膨らまなかったし。
半兵衛

半兵衛