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裏切りのサーカスのyukoのレビュー・感想・評価

裏切りのサーカス(2011年製作の映画)
4.3
1度観ただけではこの映画の良さが全部は分からない、2度3度と噛めば噛むほど味わい深くなる、そんな映画だった。

スパイ映画にありがちな疾走感のようなものはなくて、人の心の機微にひたすらに迫る、重厚な人間ドラマだった。画も、音楽もムーディでいて独特の品がある、まさに大人の映画。邦題より原題の方が断然好き。

ゲイリーオールドマン演じるジョージの憂いのある演技にはどんどん惹かれていく。彼の、妻を愛する男の弱さと、かたや諜報部の仕事に人生を捧げてきたであろう並ならぬ経験値が育んだ明晰さや冷酷さの混ざったアンバランスな人物像が最後まで興味深かった。多くを語らない役どころだからこそ、目線、背中、雰囲気で最大限に表現することの出来る、ベテランの迫力はさすがとしか言えない。

ひとことでいえばこの映画は行間を読む映画である。

極限まで無駄を削ぎ落とし、説明せずに場面が転換したり、含みを持たせたり、複数の人物の目を通して状況を映し出すことでストーリーが進んで行くので、初見は人物相関図や状況を把握するのが難しいが、ストーリーが分かった上で観ると、これほど語らずの静の映画で、ここまで濃密で繊細な人間模様を描けた作品はないのではと思う。

ここまで潔く説明を省いたからこそ、観客に各人物の心情を推理させたり、画面の向こうの人物の持つ痛みがヒリヒリと伝わってくるような体験をさせることに成功しているのだろう。

ジョージとカーラの心の交流がまた痺れる。ジムとビルの関係性も切ない。ジョージとアンとビルの関係も複雑。語られることが少ないので、観客の想像力が終始試されるのだが、映画を観ているのに小説を読んでいるように頭の中に想像が広がっていくのが、不思議な感覚ながら楽しかった。

ラストシーンの選曲が最高。立ち上がって拍手をしたくなるように絶妙のチョイス。男たちの裏切りと忠誠、どこまでも上質なノワールには人生の機微と大人の色気が漂っていた。
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