堊

71フラグメンツの堊のレビュー・感想・評価

71フラグメンツ(1994年製作の映画)
4.2
DVD付属インタビュー内で監督のハネケ自身が饒舌に(核心までも度がすぎるほど)語るように「構造の秘密とは長さ」なのである。71 Fragments of a Chronology of chance と原題で題されている通り、71の欠片であって大筋となるストーリーラインは存在しており最終的に個々の話がオーストリア銀行の大量虐殺というカタストロフへ収束していく様子は本作の多くの評でこれまで指摘されてきた通りガスヴァンサントの『エレファント』やアルトマンの諸作品を思い起こさせる。正直なところFragments と題されるからには『コヤニスカッツィ』のようなバキバキの編集でめぐるしく変わる場面による幻惑的作用を期待していたので冒頭のアンビエントな雰囲気を持つロマの少年の脱出を描く長回しには肩すかしをくらった。しかしこれが不思議な心地よさを生み、何ら説明もなく話が展開することもないまま、優雅に夜景を捉えたまま10分が経過したころには黒味を多用したfragmentsによる冗長でありながら過度に説明的でない本作の編集リズムに釘付けになっていた。
fragmentsから成立する全体を考えるほど漠然としていき、個々のカットの検証からは離れていく。なので一番印象に残ったものを一つここで挙げる。難民のロマの少年が駅構内をさまようシーン。駅でホームの端をひとり歩く少年。ホームの端を歩いていることを駅の放送で咎められるのだが、少年は言葉が通じないためわからない。鳴り響くアナウンス。向かいのホームにいた現地の男の子がロマの少年を指さして笑う。それに気づきはにかむ少年。対岸の男の子も手を広げてロマの少年の真似をして振り子のようにしてホームの端を歩く。あまりにギリギリを歩くのでヒヤヒヤする。気が付くと画面内には死の香りが横溢する。ここでカメラは二人を同一の画面に入れるためにホームに入る電車の主観ショットのような正面の位置に移動する。二人は手を広げて互いにホームの端ギリギリに立ち、振り子のようにして歩いている。ロマの少年は手首をわずかに曲げている。幽霊、いや天使のように見えなくもない。少年は立ち止まりホームに垂直に向き合うと向かいの少年へ微笑み、そして数歩下がってゆっくりと走り出す。ホーム内へと飛び込んでしまう寸前、電車が到着する。暗転。次の場面へ。
こうした不穏な場面は何度も我々の前にあらわれては消えていく。終盤のテロの惨劇の被害に遭った死体から流れる血を延々映し続けるショットに代表されるようなある種のハネケ監督によるいやらしさに辟易したものの、全体を覆うコミュニケーション不全の主題とそれを巡る観客への饒舌で丁寧すぎるほどの演出は成功している気がする。
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