YasujiOshiba

影なき狙撃者のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

影なき狙撃者(1962年製作の映画)
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DVD(発売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント)。録画してあると思ったら、「影の軍団」と記憶違い。どうしても観たくて密林をクリック。特典にフランケンハイマー監督の音声解説、脚本家とシナトラを加えた三人のインタビュー収録。お得感あり。

観たかったのは朝鮮戦争(1950-53)がどう描かれているか、そして冷戦とレッドリストの話など。しかも映画の公開は合衆国で1962年10月24日。キューバ危機は同年の10月から11月にかけて。まさにどんぴしゃ。さらに映画の翌年1963年11月22日、現役の米大統領JFKの暗殺事件が起こる。そういう意味でもホット。ホットだから予言的にもなるわけだ。

でもホットなのは映画としてもホット。なにしろ、ヘンリー・シルヴァとシナトラによる、スクリーン初のカラテ・ファイトがある。そのシナトラにジャネット・リーが電車のなかで一目惚れするシーンなんて、もっていかれちゃう。公開されている脚本を見ると、もう少し経緯が書き込まれていて言語的な説得力。でも映画はポイントだけで視覚的にひっぱってくれる。タバコに火がつかず、タバコに火とつけてもらう。ユージーンかロージーかのくだりは、間がすべて。あの間、あの脱線、そして住所と電話番号を口にして、朦朧としている相手に記憶させる。大胆な省略。まるで洗脳による幻覚のようでもあるわけだ。

参照:"94 INT. BULLET TRAIN TO NEW YORK - DAY" in [ https://www.dailyscript.com/scripts/manchuriancandidate2004.pdf ]

その洗脳シーン、みごとに映画的。ご婦人方が園芸の話をしているシーンのこと。兵士たちが見せられているものと、見せている者たちが見ているもの、聞かされている言葉と、聞かせるものたちが話している言葉が、すこしずつ入れ替わってゆく。ぼくらは目眩を覚えながら、いつのまにか洗脳のシーンに洗脳されてゆくという仕掛け。怖い。

お決まりのどんでん返しもすごい。このプロットの影の主役がアイスリン夫人の依代となったアンジェラ・ランズベリー。主役となるのが悲しい男レイモンド・ショー。その依代となったローレンス・ハーヴェイの説得力がなければ、どんでん返しが返せない。加えて、その背後ですさまじい磁力を放つ、愛憎のヴェールに隠されたインセストなのものの破壊力。

インセストとは羅甸語 incĕstum に由来、分解すれば in-cestum 。つまり否定の接頭辞「in- 」に「căstus」(清純な)が続いたもの。この「不純さ」を際立たせるのが、レスリー・パリッシュの演じるジョスリン。共産主義者と非難される共和党のジョーダン上院議員の娘という役所なのだけれど、ホッとパンツで登場するなり、毒蛇に噛まれたレイモンドの足を縛り上げようと、その真っ白なシャツを脱いで真っ白な肌を晒す。たまりません。

それだけじゃない。このジョスリン/パリッシュは、嘘だろといいたくなる笑顔を絶やすことなく、そのままのドキリとさせる姿で自転車に飛び乗ると、助けを呼びに走り去り、後ろ姿を残像に残す。満州の洗脳シーンにも負けないほどに幻惑的かつ官能的。

このジョスリン嬢の依代となったレスリーちゃんは素敵すぎる。ググッとみれば、なんとも勇ましいアクティビストぶり。なかなか硬派。よい。ファンになっちゃいそうだわ。

それにしても、すごい映画。冷戦の時代に、マッカーシズムを批判しながらも愛国を問い、スパイミステリーのなかに人間的なトラウマとエロスを盛り込んでくる。さらに、カラテや仏教やシルヴァの吊り目のメークなどの東洋趣味(オリエンタリズム?)に、ソ連のスパイ関係者の顔写真のなかに、岸信介(内閣総理大臣:(1957 - 1960に内閣総理大臣)までをまぎれこませちゃうのだ。

みんなが褒めてるはず。遅まきながら、ぼくもすっかり魅了されました。
YasujiOshiba

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