桃子

マンクスマンの桃子のレビュー・感想・評価

マンクスマン(1929年製作の映画)
4.0
「最後のサイレント映画」

監督は「ヒッチコック映画とはいえない代物。取り柄はわたしの最後のサイレント映画ということくらいだ」と語ったそうだ。“サー”の称号をもつ作家ハル・ケインの小説が原作なので、雰囲気をぶちこわすわけにはいかなかったとか。
この「ヒッチコック映画とはいえないシロモノ」とご本人が語っているところがとても興味深い。サスペンスではなく、いじいじグシャグシャどろどろヘロヘロの三角関係である。映画のジャンルはなんと「ロマンス」!誰も殺されないし、誰も怪我をしない。サスペンスではないせいか、監督のカメオシーンもない。監督はなぜこの映画を撮ろうと思ったのだろうか。逆にそっちの方が不思議だった。
“ヒッチコック映画”ではないので、見ても面白くないと思う人も多いのかもしれない。でも、私は非常に惹きつけられて鑑賞した。途中で、重要な「秘密」をしゃべるシーンが出てくる。でも、サイレントなので何を言っているのか聞こえてこない。字幕も表示されない。なんとなく想像がつくのだが、あとで(やっぱりね~)とわかる。監督は「今つくられている映画の大部分がとても<映画>とは言えない代物だ。<しゃべっている人間の写真集>と呼びたいくらいだね。映画でストーリーを語るときには、どうしても必要なとき以外は台詞にけっして頼ってはならないというのが鉄則と思うんだよ」と語っているそうだ。これは映画監督として神みたいな言葉だと思う。ほんとにそう思う!!サイレントで台詞が聞こえないから、ということではなく、字幕を表示させないのである。英語の読唇術ができる人は何を言っているかわかるはずだが、緊迫した俳優さんの表情(つまり目)に意識がいってしまって、唇なんて見ていない。
この映画に出てくる2人の親友の男と1人の女は、3人とも自分に正直に生きている。自分の信念、と言ったほうがいいかもしれない。それなのに、というより、それだからこそ、どんどん窮地に陥っていく。昼メロの典型みたいな話である。でも、下世話なイメージが全くしないのは、原作の品格と監督の演出のたまものなのだろう。
男性2人と女性1人の三角関係、というとトリュフォーの「突然ほのおのごとく」を思い出すが、ドロドロの内容が全く異質である(昔1度見ただけなので再見してレビューを書きたいと思っているのだが、動画にもレンタルにもなくて悶々としているところ)。
ヒロインのケイトを演じているアニー・オンドラがとんでもなく美女でびっくりした。吸い込まれるような美しい魅惑的な瞳の持ち主である。この女優さんを見られただけでも収穫だった。
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