螢

天使の入江の螢のレビュー・感想・評価

天使の入江(1963年製作の映画)
3.7
「賭けの魅力は贅沢と貧困の両方を味わえること。それに数字や偶然の神秘があるから…(略)…私にとって賭けは宗教も同義よ」

やっぱり、ジャンヌ・モローは男を破滅に引き摺り込む「運命の女(ファムファタール)」役がよく似合います。

身勝手だけど性的な魅力で男を振り回し、作品に色を添えるタイプの悪女は割と誰でも演じられると思っています。
けれど、そこに脆さや哀愁からくる情緒を見事に織り込んで、作品の魅力の根幹にまで昇華された悪女を演じられた女優は、彼女含め、そう多くないと思うのです。
私はここ数年、「一番好きな俳優は?」と聞かれたら迷わず彼女の名前を挙げているのですが、今年も暫定一位を死守してくれる気がします。

軽はずみに手を出したギャンブルにはまってしまった生真面目な銀行員の青年ジャンを徹頭徹尾振り回すだけでなく。
家庭もなけなしの財産も失いながらも何度もギャンブルに手を出して人生を狂わせ続ける女ジャッキーの危うさと、抜け出せない病的な様、それでもある種の人間にとって引き摺り込まれずにはいられない退廃的な魅力が、シンプルすぎるぐらいシンプルな主題と展開の中で、却って際立っています。

本作は、「シェルブールの雨傘(1964)」や「ロシュフォールの恋人たち(1967)」など、フランス映画史に残る名作を幾つも生み出した監督のジャック・ドゥミと、音楽家のミシェル・ルグランのコンビの初期作。
白黒映画なので、後年のドゥミらしいカラフルな色彩ではないのだけど、その分、大胆な構図のカメラワークが際立っており興味深いです。
ルグランらしい華やかな音楽はこの時からすでに花開いています。二人の運命を転がし続けるルーレットのシーンを、何度も何度も、暗さ皆無のとてつもなく華やかで洒落たピアノ伴奏で彩ってしまうセンス…。
それがミスマッチどころか強烈なインパクトと、モロー演じるジャッキーが語る賭けの魅力を見事に表現しているのがすごい。
ルーレットが回る度に何度も流れたあのテーマ曲、もう耳から離れません。

私はこれまでギャンブルにはまった経験も興味もなかったので、敢えて道を踏み外そうとするかのような二人をいまいち理解できない部分も正直かなりあったのですが。
DVD付属の解説を読んだら、ギリシア神話をモチーフとした暗喩が多分に含まれているそうで、その元ネタを知っていたらもっと作品にのめりこめたのかと思います。
けれど、ジャンヌ・モローの魅力と、ドゥミ&ルグランのコンビの初期作ということで、二人の技巧や作風の変遷を辿りながら観たら、それだけで充分楽しめるとても興味深い作品です。
螢