マルコヴィッチの穴の作品情報・感想・評価

「マルコヴィッチの穴」に投稿された感想・評価

masayaan

masayaanの感想・評価

3.0
90年代を代表する作品、という触れ込みだけで見てみたのだが、他者への憑依による代理セックスの描写に既視感があり、そうだ『her』じゃないかこれは、と思いきや監督は同じスパイク・ジョーンズ。なるほどなるほど。また、他者への憑依時の主観の描写は後年の『エンター・ザ・ボイド』や『インサイド・ヘッド』とかでも同様の事例が見られており、影響を与えたのだろうか。マルコヴィッチがマルコヴィッチの穴に入った時のメタ描写がいささか物足りない。
spider

spiderの感想・評価

3.5
ようわからんまま終わってった
なにが面白いかわからんけど笑えてくるシュールさ
見た当時も今もよく分かっていない
みそ

みその感想・評価

3.7
なんか夢みたいな、世にも奇妙な物語みたいな話。
ジャケ借りでした。DVDパッケージがあまりに斬新だったのでかなり期待してしまったかも。

うーむ、
誰かの頭の中に入る穴
おもしろかったけど、主人公の気持ちとか、まわりの人の恋愛あたりがモヤ。笑

ラストが皮肉でおもしろかったけど、怖いわ。笑

キャメロンディアスが珍しく地味な役でびっくりした。笑
一瞬気づかなかった。
おもしろかった!
sonozy

sonozyの感想・評価

4.5
『穴』を見た流れで、1999年、スパイク・ジョーンズ監督の長編デビュー作を久々に。
チャーリー・カウフマンの脚本、スゴいです。改めて面白い!

主人公クレイグ(ジョン・キューザック)は熟練の人形師だが稼げておらず、ペットショップ勤めの妻ロッテ(キャメロン・ディアス)から仕事を探すよう言われ、"手先の器用な人"という求人に応募する。

そのオフィスは、7 1/2階(7階と8階の間)にあり、フロアは天井がやたら低く、みな腰を曲げて移動している。
話の通じない受付の女性、105歳の社長と面談後、ファイルの並び替え担当として採用が決定。

妻との関係がイマイチなクレイグは、同じフロアにいる美女マキシン(キャサリン・キーナー)と出会い惹かれる。

ある日、彼は会社のキャビネット裏の壁に不思議な穴を発見する。
その穴に入ってみると、なぜか俳優ジョン・マルコビッチの脳につながり、自分の意識を持ったまま彼の目から世の中が見れる!
そして15分後、ハイウェイ脇の草地に放り出されるという不思議な体験。
大興奮のクレイグはマキシンと組んで「あなたもマルコヴィッチになれる」という体験ツアーをビジネスにしてしまう・・・

クレイグの妻ロッテにも体験させると、彼女の中の何かが目覚める。
俳優マルコビッチも、自分がおかしくなっていることに気付き、原因をつきとめるが・・・

これぞ、名作というか"迷作 of the World"!です。笑
他では見れない感じのキャメロン・ディアスと、チャーリー・シーンにも注目です。
今からおよそ10年前、当時中学2年生の時に観た映画。
案の定ほぼ意味がわからなかった記憶があります(笑)。
でもこの「穴」のせいで、周りの人よりもマルコヴィッチさんご本人ばっかり痛い目に遭っていた記憶が...。深い作品の代表格だと思うので、近々見直さねばと思っております。

それにしてもこの発想、本当にユニークすぎますよね(笑)。どうして俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中をテーマにした作品を作ろうというアイデアが湧き出るんでしょう。スパイク・ジョーンズ監督、もはや天才ですね。
このメインビジュアル何度見ても笑っちゃう!シュールすぎる!

最近ご贔屓のジョン・キューザックがなぜかほぼ出ていた記憶がないので(笑)本当に見直したい!
9位

9位の感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

人の体は器であって、我々の意識に伴い感情や行動を表出するもの、つまり人体とは意識によって操られている人形である、ということである
自己の生活を保持しながら、他人の目線で他人の生活を送ってみると、身体がいかに物質的であるかがわかる
身体が意思なしでは何の意味も持たないならば、意思は、身体なしでも、または体に関係なく存在できるものなのだろうか
マルコヴィッチの穴を人々が四つん這いで通る姿は赤ん坊を彷彿とさせる
赤ん坊への擬似回帰体験を通し、15分間だけ、他者の目線を手に入れた人々は、いかにして自己を自己と言えるのか考えるだろう、そしてまた、自分の意思とは、自分の決定とは、果たして、本当に自分に主体があるのか、と。

「マル」って「私たち」みたいな意味あったっけ
げんき

げんきの感想・評価

2.9

このレビューはネタバレを含みます

人形劇によるオープニングアクト。男の苦悩を表現した人形劇、その動きは人間が本当に泣いているように繊細で、肩を震わせ頭を抱えている。かと思ったら体を捻り、飛び跳ね、壁をけって宙で回る大胆さもある。
クレイグは娯楽としてではなく一芸術としての人形師を目指している。そんな彼が道端で人形劇を披露する日々。路上では「エロイーザからアベラードへ」の恋愛劇を扱い、壁を挟んで快楽を覚える男女の人形を操る。彼は男女のかみ合わない恋愛を芸術として披露しているが、偶然見ていたのが幼い女の子だったのがまずかった。その父親に殴られる始末。思えば脚本家チャーリー・カウフマンは後の『エターナルサンシャイン』ではこのエロイーザとアベラードの物語を基に脚本している。

会社で社長の猥談に付き添われ、そのような話をするには相応しくない、と答えるクレイグ。道端で先の人形劇をやっていた本人にも言ってあげたいよ。スタイルが良く下着がうっすら透け、タイトフィットな服装のマキシン。絶世の美女というわけではないけど、その色気や強気で挑発的な振る舞いに言いえぬ魅力を感じる。彼女はマルコヴィッチの中に入った誰かしらしか愛せない。人の外見と中身が不一致の時にしか愛さない。一体彼女が愛しているのは誰で、何に惹かれてるの!?

人形劇―ジョン・マルコヴィッチに入る、これがクレイグにとっての現実からの逃避行で自慰的行為にもなっている。一方クレイグの妻ロッテ。俳優とは自身の中に別の役を入れ、その人になりきることで観客に別の世界を見せるもの。ロッテはそんな俳優の中に入ることで自分の真の姿・性を見出した。それまで動物の世話を丁寧に行っていたのに、マキシンと出会ってレズに目覚めてから、動物はそっちのけでズブズブとマキシンとの関係に没頭していく。

低い天井で生活していると、なぜか周りの家具が小さく見えるけど、実際は普段使用しているのと変わらない。空間が狭いだけで小人サイズのように錯覚してしまう。書類を整理するクレイグだけど、自分の気持ちは整理できないし、人間関係も整理できない。自慰的行為の人形劇で身につけた手先の器用さは、現実の人間関係では無意味だった。

結局クレイグは、次の器であるマルコヴィッチとマキシンの間に生まれた子どもに吸われ、一生思い通りに動けないまま、子どもの目線で生きていくしかない。

みんな倒錯してる。
ryuji

ryujiの感想・評価

3.8
昔みて、訳分からない事だけは覚えていた今見返して本質系映画。楽しめました。
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