netfilms

トゥー・ラバーズのnetfilmsのレビュー・感想・評価

トゥー・ラバーズ(2008年製作の映画)
4.5
 アメリカ、ニューヨーク、夕暮れの海岸線、海鳥が飛ぶ中、波を見ながら微睡むレナード・クラディトー(ホアキン・フェニックス)は左手に配達するはずのクリーニングされたスーツを握りしめる。次の瞬間、レナードは防波堤から海へ向かい飛び込む。沈み行く男の体は5m~10mどんどん深く潜るが、息が苦しくなった男は慌てて水面へ顔を出す。イスラム系移民に救い出された男は感謝の気持ちを口にしないまま、ずぶ濡れで足早に去る。その晩、ずぶ濡れで帰って来た息子の姿を母親のルース(イザベラ・ロッセリーニ)は心配し見守る。ドライクリーニング店を営む父親ルーベン(モニ・モシュノフ)の小さな会社に就職した一人息子は、2年前に婚約までした女性と不幸なことに破局していた。その時の傷が癒えないレナードの自殺願望。そんな息子の思いを知ってか知らずか両親はクリーニング会社を営む友人夫婦とその娘をマイホームへ誘う。失意のどん底にあるレナードは一旦、両親の誘いを断るが、明るい食卓へ勇気を持って出て来る。そこには友人夫婦の娘のサンドラ・コーエン(ヴィネッサ・ショウ)がいた。レナードの趣味の写真を見たいと彼の部屋へ向かうサンドラはベッドの上に座りながらレナードに対し、満更でもない表情を見せる。『サウンド・オブ・ミュージック』を生涯のフェイバリットにする女の趣味にレナードも微笑みながら、照れ臭そうに笑みを浮かべるのだった。

 フョードル・ドストエフスキーの『白夜』をモチーフにした物語は、レナードが2人の美しい女性の間で揺れ動く。1人はクリーニング店で働く彼の姿を見染めたサンドラであり、もう1人はレナードの住むマンションに新しく越して来た法律事務所のアシスタントのミシェル・ラウシュ(グウィネス・パルトロー)である。堅実で良妻タイプのサンドラに対し、ミシェルは大胆不敵なファム・ファタールとして主人公を振り回す。レナードの左手首に見えた自傷癖、不慣れなアレクサンダーカクテルをかっ食らう主人公とメーカーズ・マークのロックを嗜む不倫相手ロナルド・ブラット(イライアス・コティーズ)との絶望的な対比。ヘンリー・マンシーニの「Lujon」のメロディ、携帯のベルで屋上に呼び出された男は、未遂だった永遠のくちづけをヒロインと交わす。優しい両親の元、甘やかされて育った温室育ちの裸の王様は、心底危険な恋に身を投げる大胆不敵なヒロインに憧れにも似た恋をする。しかしそれは煩悩に負けて、愛し合ってしまった第二の女とを両天秤にかけることになる。前作『アンダーカヴァー』同様に主人公の気持ちを代弁するような激しい雨が降り続き、ミシェルに災難が降りかかる。緊密な家族関係を露わにする物語は、母親のルースの眼差しに涙腺が緩む。サンドラをあてがい、息子の喪失を満たした安堵感に包まれた両親は、突然現れたミシェルの一挙手一投足に肝を冷やす。両親が用意した精一杯の政略結婚は、運命の三角関係に翻弄される。窓際から覗いた向かいの部屋の美しい女の姿、眠るまでに腕に描いてと約束された文字列、君には愛される価値があると面と向かって囁いた女に用意されたカルティエのリング。クライマックスの14分間には何度観ても思わず涙腺が緩む。若干24歳で撮った『リトル・オデッサ』以降、同様の主題を突き詰めたジェームズ・グレイが初めて手掛けた本国ドストエフスキーによる『白夜』は、グレイの新機軸へ繋がる傑作となった。
netfilms

netfilms