13回の新月のある年にの作品情報・感想・評価

「13回の新月のある年に」に投稿された感想・評価

字幕を目で追うかシーンを目で追うかどちらかを諦めてどちらかに集中しなければ付いていけない‥と考えさせられるほどのセリフの海。
目まぐるしい作業も繰り返されると心地良くなってトランス状態に陥った。けど頭は空っぽで、誰にも感情移入出来ないままエンドロールになった。少しの哀しさだけが残った。

世の中の゛普通゛を捻じ曲げる事が出来る彼女、或いは彼の原動力は愛以外の何物でもなくて時に誰もついて行けなくなるほど深い
だけど存在を、物凄く愛おしいと思われていることだけは間違いない。否定はしてないし、むしろ肯定してる。だけどただ付いて行けなくなる。
だからずっと満たされないで虚しいまま。空洞が大きくなるのは耐えられない。
それも全部月のせいなの?
一人の数奇な人間の一生。一定量の情報を本当に直感と感受性だけで一本に纏めた手腕は憐れみを持って「天才」と呼ぼう。これは映画であり、演劇であり、文学であると思わせる次々に手を替え品を替える手法は、より明確な表現手段を探して這いずり回るようで力強く痛々しい
ファスビンダーの冴えまくった構図と撮影、隙間を埋めていくように捲し立てられる独白が独特なリズムとビートを形成していく。
諦念や絶望感が漂う内容だが、それに反してその流動性は心地よい。
H

Hの感想・評価

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悲しくて、愛しい
ジーナ

ジーナの感想・評価

5.0
ファスビンダーが恋人(男性※)を自殺で失ってしまった実話を元に、失意のどん底から這い上がろうとやりたい放題やって、超イカしてる大傑作!
※ファスビンダーはバイセクシュアルを公言しています。

本作は最初から最後まで演出が冴え渡っていて、まるで麻薬のように観ているだけでキマってしまう恐ろしい映画だ。

ある理由でペニスを去勢し、男性エルヴィンから女性エルヴィラに生まれ変わった主人公。
しかし、彼は"男装"をして男娼を買うというアイデンティティの曖昧な生活を送る。
やがて同棲している恋人の男から別れを告げられ失恋してしまう。
そこから身ぐるみの剥がされた魂のように街を彷徨い始め、かつての職場や幼少期に育った修道院、元妻と娘の家を訪れながら、自身の過去を遡っていく。
しかし、彼には帰るべき場所がなく...
と、こんなストーリーです。

オープニングから紫色のドイツ語が画面を覆い尽くす。
映画なのに画を観せるのではなく、文を読ませるというのがファスビンダーらしい。
人々の会話やレコードの音楽、テレビから流れる音やゲームセンターに鳴り響く電子音・機械音などが幾重にも重なっていく音の狂乱が非常にカッコいい。
これらは「マリア・ブラウンの結婚」「第三世代」でも受け継がれていますね。

また、精肉工場での牛の屠殺シーンはかなりグロテスクなので観るのには勇気がいる。
何匹もの牛が逆さ吊りにされ、首を切られ、血がドバドバ流れ、もげた頭が文字通り首の皮一枚つながった状態でダランと垂れ下がっている光景は残虐極まりない。
しかも、それを背景に主人公が演劇のような強い口調で自身の生い立ちや心の叫びを独白するナレーションが被さる演出は、なんて悪趣味なんだよ!と思ったw

特に好きなシーンは、他の人もそうかもしれませんが、高層ビルのオフィスの中でエルヴィラ達が突然歌ったり、踊ったりして大騒ぎするところ。 
別にミュージカルって訳でもないのですが、この場面だけいきなり作品の雰囲気がコミカルに変わるので印象に残る。
本作唯一、光を感じられる場面だろうか。。。

他にも娼婦の女がただテレビのチャンネルをパチパチ回すだけのシーンもかなり好きだなぁ。
映画やニュースが流れたりするのですが、途中でファスビンダーがインタビューを受けてる番組が流れるw
そんな形であんた出演すんのかいと予想外だった。

これは映画の世界が現実でないように、僕らが生きてる現実もほんとは現実ではないのかもしれないという曖昧な境界線に生きている事を伝えたいのかな?

修道院のシスターが10分ぐらい長話していると、エルヴィラと娼婦が途中で眠ってしまう?シーンも笑えるw
長話なんて退屈で寝ちまうよ!と言いたいばかりで自虐的。

と、演出の話ばかりになってしまいましたが、ストーリーももちろん見応え充分。
行き場のない人生を生きる事の難しさや親子愛が大いに感動を呼ぶのだ。
これは歴史に残る素晴らしい映画でした。
ああ如何にもファスビンダーらしい映画だなぁ、と思わず溜飲が下がる。この監督のプライベートを覗き込んだかのように錯覚してしまうぐらい、「オカマ度」が強い。性転換をテーマにした映画の中でも一際濃い一作となった。最初から最後まで救いようがない。😞

全編、オカマ達による友情と亀裂が退廃的なムードで進行していく。その孤独感、絶望感たるや。オカマ蠢く都市を活写したメタリックな画面造形と引き換えに、ドロドロした愛憎が映画全体を支配する完璧なアウトサイダー・アート。観る人をかなり選ぶ破滅型の映画なのだが、オカマの主人公が純朴な感じで結構好きだ。💄
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

3.8
‪「13回の新月のある年に」‬

‪冒頭、1978年フランクフルト夏の夜。

公共の場で男同士の絡み、線路脇での暴力、男性から女性へと性転換したエルヴィラ。

修道院、教会、嫁と娘。今、1人の人間の人生への終止符を打つ数日間が垣間見れる…
本作はR.W.ファスビンダー監督による、性的マイノリティの1人の男の数日間を描いたセンセーショナルな一本で、原案から全てを担当した言わば力作なのだが、この度4kレストア版にて鑑賞したが凄じい孤独さ、受難な日々を過ごす彼の日常が淡々と映されていく…

あの牛を吊上げ、首を裂き流血する精肉工場のシークエンスのインパクトといったら半端ない…ひたすら流れるカメラに台詞が載っけられ延々と続く。

所で劇中の音楽が素晴らしく、マーラーやニーノロータ、ヘンデル、更にドイツ民謡迄もが流れ、ベートーヴェン、フランシスの壮大な楽曲が独特な映像に寂寥を与える。

さて、物語は過去に結婚し、娘もいる男が女性に性転換をする。それはアントンと言う男を愛してしまったからだ。だが、性転換をしたエルヴィラは他の男と暮らすも、その男は家を去り1人傷つく彼。

そこへ娼婦のツォラが彼をサポートする。軈て2人はかつてエルヴィラが勤めていた工場に行き、彼の育ての親シスターを訪ねて行く。

彼は過去を振り返り、妻、娘とも会う…と簡単に言うとこんな感じで、ファスビンダー作品常連の役者が揃っていて、主演のV.シュペングラーは素晴らしい。

本作の見所、と言うか画期的なのは既に普遍化したストーリー性を持っている事だ。何が言いたいかと言うと、この映画は同性愛を風変りに(女装し男性を愛す)捉えてるのだが、基本的に今で言うLGBTを扱う作品には既に偏見に満ちたストーリー性で描かれる物が数多くある。

だが本作に至っては寧ろ逆に寛容な空間が恰も存在して居る様に見せてる。従来の、現在のLGBT作を観ても必ずそこには罵詈雑言に差別される彼等、彼女等が居る。

だが本作は同性愛者も普通とされる人々の社会で普通に暮らしているのだ。実際に監督の伴侶が自殺し、それへの想いを映画化した様にも感じながら、実際にはそうでは無いんじゃ無いかと感じる部分もある。

時既に遅しをテーマの1つに冒頭の暴力描写で主人公の悲劇的な物語は暗示されていた。にしても一室で自殺しようとする男やまるで精肉場で牛が殺され皮を剥ぎ取られ、食肉されて行く場面の暗示が凄い…中々パンチの効いた演出だ。

それに"声"だけが追加で画面に入る二重音も彼の独創性に満ちる。

それに過去を重要視される話なのに回想がなく、ひたすら現代を進むのも珍しい。本作は文学的にも優れた作品で虚構性を排除出来無い作品として、また哀惜映画であり、サークの様なメロドラマを彷彿とさせる映画として語り継ぐだろう…。‬

‪余談だがファスビンダーの作品って同性愛をテーマにした作品がいくつか有るが、本作の様な性転換した人物を主人公にした作品は初めで、いつもながらにテロやマイノリティ等、論戦を巻き起こす作品をブレにずに撮るのはプロフェッショナルさを感じてやまない…お勧め。‬
よ

よの感想・評価

4.2

このレビューはネタバレを含みます

最初、付き合ってる男と喧嘩してる時の家の照明が揺れるところやばかった。家の切り取り方が面白い、あえて余白を作って観客の視線を限定させている
ゲーセンで、ちょっと話しかけた男に罵倒されて陰でひっそり泣くシーン見てて泣きそうになった。孤独がやばい。
自殺を見るシーンで、生をポジティブに断ち切るのが自殺的なことを言ってるけど、残された者にはそう思えないだろうな
墓石に刻まれているのは本当の友達がいた時間、第一級の合言葉、会議室の踊りのシーン
死んだと知らずにみんな心配して集まって時すでに遅しなの本当辛い、えぐられる
ひたすらナレーション続くけど映像見入っちゃって字幕追えない
ファスビンダー作品の中では弱いな。組織のボスが昔のこと思い出すためにやる儀式には爆笑した。フェリーニのアマルコルドの曲使われてた。
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