最初に触れた攻殻機動隊がまさか2作目であったことを知ったのはつい最近です。高校生くらいのときに見たときの意味の分からなさは妥当な感覚だとわかって良かった。
10年ぶりくらいに観たけど自分の哲学への憧憬の原点はここにあったことを再確認。迷宮入りだったけど。でも、やっぱり自分の核に杭を打ち込まれたかのような感覚はまだ残っていた。
人間の輪郭の曖昧さ。人を人たらしめるものは全格としての個なのか、器官としての脳なのか。やはりそれを統合しているゴーストなのか。このゴーストの解釈も一人ひとり違う。
どんなに外部に自分を持ち去っても、どんなに機械に身体を預けても。ぶつかる先は感情という機能であり、感覚であり、ゴーストなのだと思う。
素子にはゴーストの囁きが聞こえなくなったのか、それとも聞いてないだけなのか。
いずれにせよ、そこを超越してしまうことは幸福には思えない自分であることを、今はいいと思えた