亘

わが谷は緑なりきの亘のレビュー・感想・評価

わが谷は緑なりき(1941年製作の映画)
4.3
19世紀末ウェールズ。初老の男性ヒュー・モーガンが寂れた谷あいの町ロンダを出ようとする。彼は50年暮らした炭鉱町を出るにあたり回想する。かつて谷は緑で人々でにぎわい彼は家族や地域の人々に支えられのどかに暮らしていた。

ヒューの回想と共にかつての炭鉱町の賑わいや人々の心情の変化を描いた作品。白黒で物語の起伏は乏しいし時系列一ほぼ直線で構造もクラシカル。なのになぜか入り込めてしまう不思議な作品。きっとこの魅力は、故郷への愛とか心の持ちようとか普遍的な内容を扱っているからかもしれない。

ヒューは7人兄弟の末っ子で父と兄たちは皆炭鉱で働き、同じく炭鉱で働く町の人々は炭鉱で働くことを誇りにしている。この町ではヒューがほぼ最年少で、一時寝たきりになったからベッドから町の人々をよく観察している。小学校に行って外の世界と交流したのも彼だけで、より中立的な立場から町を見ていたように思う。そして兄弟たちが次々谷を離れるなかでも彼は残り続けた。彼は谷の盛衰を誰よりも目にしてきたのだ。

今作の1番の主題は"心の持ち方"だと思う。牧師の言葉「磨かないとランプも輝きを失う。心を磨くんだ」が印象的。作品中でいえば[ランプの曇り:人々に広まる悪意、炭鉱から出るぼた、荒れた町]、[磨かれたランプ:人々の優しさ・寛容さ、緑の谷、活気ある町]に対応していたと思う。人々の心が悪意に染まり始めると谷はぼたで汚れはじめたり町の活気が失われる。するとさらに人々の心が荒んでしまう。でも誰かがそれを正すと谷に緑が戻り町は賑わいを戻す。今作では何度も誰かが悪意を正した。ストライキのときはヒューの母、ヒューへのいじめ・しつけには炭鉱の男が立ち上がった。一つの悪意が伝染して環境が鬱屈とした雰囲気になるというのは普遍的な真理なのかなと感じた。

そしてもう一つの主題は"故郷への愛"だろう。冒頭映るロンダの町は寂れ、ぼたで汚れている。もしかしたらアンハードと牧師の事件で、心を正す人がおらず人々の心が悪意に染まり続けたのかもしれない。ヒューが町を出るにあたって緑の谷を思い出すのは、きっとロンダの町がまたかつてのように戻ってほしいからだろう。兄たちが次々町を離れる中で街に残り続け、学校を出ても町の炭鉱で働き続けた。兄たちのように外国に行ったり学校を出て大学に行ったりすればもっと豊かになれたのにヒューは町に残った。50年たって町を出るのはきっと不本意だろう。町は寂れて汚れて変わり果てたが、ヒューの磨かれた心の中では谷は緑であり続けている。丘で離れ離れになったはずの家族が集まる空想シーンもまた、かつてのように緑の谷で暮したいという思いの表れだろう。観終わって『わが谷は緑なりき』という題名の深さを感じた。

印象に残ったシーン:冒頭ヒューが荷造りをするシーン。牧師が『宝島』をヒューにあげるシーン。兄たちが次々と町を去るシーン。牧師と丘で話をするシーン。牧師が最後の説教をするシーン。丘で家族が集まるラストシーン。

印象に残ったセリフ:「磨かないとランプも輝きを失う。心を磨くんだ」

余談
・舞台となった19世紀末には、炭鉱夫など多くのウェールズ人がアメリカなどに移住しました。ウェールズの血を引くアメリカ人としては、マイケル・ダグラスやヒラリー・クリントン、ブッシュ元大統領、ジャック・ダニエル(あのウイスキーメーカーの創業者)などがいます。
・監督はウェールズで撮影したかったようですが、第2次世界大戦で難しかったためセットで撮影したそうです。
・俳優陣にはウェールズ人が1人だけいました。ダイという名前のボクサー炭鉱夫です。
亘