真田ピロシキ

Peaceの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

Peace(2010年製作の映画)
3.9
想田和弘監督の観察映画3本目。これはちょっと受け止め方が難しい。と言うのも映画を見る前に監督の著書『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』を読み始めていて、この映画のメイキング側面があると知って中断したのだが既に読んだ分の先入観は生まれているし、他メディアでの話ぶりから監督の人となりや思想は大体自分の中で固まってきている。どうしても『選挙』を見た時ほどに純粋には見られない。

75分しかないこともあってか比較的浮かび上がらせようとしているテーマが分かりやすく雄弁ですらある。元々は平和と共存をテーマにした韓国のドキュメンタリー映画祭に出品するために撮っていた猫社会の短編映画だったもの。そこを踏まえて見ていれば泥棒猫と呼ばれる余所者の猫と40年前の養護学校建設に置ける地元との諍い、老いた猫がいつの間にか消えて若い猫が残る見過ごされている老齢問題、多くの猫を養うための費用と人間社会における福祉予算などなど様々な点で猫と人間を結びつけるのはさほど難しくない。かなり早い内に気付いたのでどうにも結論に誘導されてる気がしてならない。なので色々な所で作為を疑ってしまった。そうでなくてもカメラを向けられて話す被写体が100%ありのままなはずがない。受け手にそうした疑いを持たせるのも意図した所なのかもしれない。

本作の主人公と言っていいのは橋本さん。路地の片隅にある部屋にひっそり暮らしている肺癌の男性。数ある被写体からこの方をピックアップしたことは大きな意味があるはずだ。肺癌でありながら橋本さんが唯一の楽しみにしているのは喫煙。(このタバコの銘柄がPeace!)誰が考えたって良くないが医者には止められていない。この医者が映される時は病院全体が親切そうで金儲け主義の匂いは感じない。きっとその通りで良いお医者さんなのだろう。でも喫煙は止めなくて、橋本さん自身が「迷惑をかけてるからいつでも逝けるようにしないと」と言っている。この事に言葉にされていない社会の意思を強く感じさせられる。そして橋本さんは1銭5厘の赤紙で招集されたことがある人なのだ。定額働かせ放題で人を安く使おうという姿勢をいよいよ隠さなくなってきたこの国の人命の安さは今に始まったことじゃない。

もう一方の主役が想田監督の義理の両親である柏木夫妻。訪問介護事業を運営している彼らに事業による収益はなさそう。自分もその分野では受ける方の当事者なのでそうだろうなと思う。面倒な人間を相手にしているのに忙しい上に儲からない。たくさんの猫を庭に放し飼いして餌を与え獣医にも度々連れて行ける裕福な人でなければとてもやっていけないだろう。国からの補助はないとのこと。我が国の福祉は善意の搾取で成り立っている。それじゃあ無理があるんですよ。金が欲しいからやるという邪な動機でもやれるくらい介護福祉保育への待遇を良くしないと。どこかでどうにかしないといけない。でも愛国心高揚のためにゴリ押しするオリンピックの人員にすら金を払いたくないドケチ国家に何か期待ができるだろうか。クソ学校やアメリカへ媚を売るためには何億円も費やせるらしいのに。結局の所、自分たちで意識を変えるしかなさそうだ。余所者の泥棒猫を迷惑がりながらも内に入れた猫達がそのヒントとなり得るのかもしれない。