Azuという名のブシェミ夫人

パフューム ある人殺しの物語のAzuという名のブシェミ夫人のレビュー・感想・評価

4.4
舞台は18世紀フランス、並外れた嗅覚の持ち主ジャン・バチスト・グルヌイユの人生を描いた作品。
どの位凄い嗅覚かって言うと、後ろから果物投げつけられても、匂いで気づいて避けられる位。笑
そんな彼がある“香り”を手にする為に連続殺人鬼となっていく・・・。

鑑賞中『イイ!』と『何だこれ』の間をのらりくらりと漂って・・・
結果、私は好き。

主人公グルヌイユの世間一般で言う『キモい』そのものな異常なまでの香りへの執着にドン引きするはずが、身体中の感覚を凄く刺激されて夢中になった。
もちろん所詮は映像ですから香りをかぐ事は出来ませんが、視覚と聴覚でもって、そして記憶と想像力(妄想力?)によって嗅覚を懸命に補おうとしている自分がいた。
私は香水が好きで集めているので、香りの抽出法とか材料だとかの描写にもとてもワクワクした。

何といってもベン・ウィショーが演じる事で、狂気とも言える行動がまるで芸術のように感じられてしまう。
(変態、と言ったらそれまでなんだけれどね)
彼は生活感がないというか、掴みどころのない不思議な雰囲気の持ち主だなと改めて思いました。
ダスティン・ホフマン、アラン・リックマンの余裕を持った遊び心を感じるような演技も良かった。

以降ネタバレあり・・・



グルヌイユの何が問題だったかって、やっぱり“愛”を知らないこと。
公開当時話題になったあの処刑台での恍惚とした人々の乱痴気状態は、物凄~く広~い意味で言うと究極の“人間愛”。
完成されたあの香水は、たぶん人の心に眠っている愛を強烈に呼び覚ますのでしょう。
グルヌイユは単なる女性の体臭と思っていたかもしれないけれど、彼を惹きつけるあの香水の原料となった香りは、彼女たちの生命力や若さの輝き、誰かに大切にされてきた温もりから生まれた“愛”だったのではないでしょうか?
しかしながら彼は愛を知らず、香りとしてしか認識出来なかったので、あの香水に自分が翻弄されることは無かったのでは。
彼自身が無臭であった=愛を持ちあわせていないということだったのかと思う。
あの中でただ一人、グルヌイユは自我を保ったまま人々の“愛”を目の当たりにして、恐らく彼にとっての初恋に似たものだった赤毛のプラム売りの女性とどうするべきだったのかに気付いたのでしょう。
そして保存するどころか、その機会を自分の手によって永遠に葬り去ったこと、そんな自分は誰からも愛されるはずが無いという事に酷く絶望したのだと思う。
彼があの時流した涙が非常に印象的。

己に絶望し、空っぽになった彼が生誕地へ戻ると、そこには彼と同じように存在意義を失ったような生活を送る人々がいた。
無は、無に帰る。
彼が頭から大量の香水を被ったとき、きっとどうなるか分かっていたのでしょう。
人を強く愛すると?
もっと近づきたいと思う。
一緒にいたいと思う。
一つに・・・一つになりたい。
じゃあ、どうやって一つになる?

・・・カニバリズム。