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クラウド アトラスのshingoのレビュー・感想・評価

クラウド アトラス(2012年製作の映画)
4.3
手塚治虫の「火の鳥」のような異なる時代に転生を繰り返すという物語が個人的に大好物なので3時間近い長尺にもかかわらず当時1日に2回観た記憶がある。そしてあらためて観たら当時の記憶を遥かに超えたその完成度の高さにただ脱帽するしかなかった。信じられない大傑作。

6つの時代が時系列順に描かれる訳では無く、ほぼランダムに入り乱れる複雑な構成。撮影班は2つに分けられ、4ヶ国を舞台にし、19ヶ国から選ばれた俳優達は1人6役を演じて30の方言を使いこなす。その俳優を相手に3人の監督がカメラを回す、という訳のわからなさ。なのに決して散漫にはならず、全てが綿密に計算され1つの物語として集約される。この壮大な物語を3時間以内にこれだけ分かり易くまとめた手腕にはただ溜飲が下がるばかり。

と、これまではその程度の作品としか思ってなかったがとんでもない話で、当時の自分の視野の狭さを猛省。まずこの作品が「転生」をテーマにしたSF作品と思っていたことが間違いだった。

この作品のテーマを1つだけ挙げるとしたら「転生」ではなく監督が語るように「越境」という言葉がふさわしい。ジャンル、人種、時代、性別と文字通り全ての垣根を取り払った作品。「転生」というテーマはSFに分類されるだろうがそれは本作の一つの要素に過ぎない。

例えばぺ・ドゥナが主に演じてるのはソンミという合成人間だが、別の時代では白人女性を演じており、さらに別の時代ではメキシコ系移民を演じるという人種を越えた存在となっている。アメリカの女優であるスーザン・サランドンはある時代ではインド人の男性を演じていて人種だけでなく性別を越えた存在であり、トム・ハンクスは時代によって悪と善の間を彷徨う様な役を演じている。

つまりただ同じ俳優が複数の役を演じるという単純なものではなく、みなそれぞれが何らかの垣根を越えた役割を担っている。これらはほんの一例であり、探せばまだまだ無数に出てくるだろうが全てをここで書き連ねるのは不可能なのでこの辺にしておく。

そしてある意味最大の衝撃だったのが俳優だけでなく監督まで転生していたということ。本作の監督は先に述べた様に3人いて、トム・ティクヴァとウォシャウスキー兄弟もとい、ウォシャウスキー姉妹。このレビューを書くまで知らなかったのだがこの元兄弟、トランスジェンダーであり性転換手術によりいつの間にか姉妹になっていて(正確にはこの作品の時点ではウォシャウスキー姉弟であり、弟が妹になったのは2016年かららしい。ややこしい)、しかも性転換後初めて公に姿を見せたのが本作の解説映像である。これは意図的なものとしか思えない。LGBTに言及した作品は珍しく無いがこの様な形のアプローチは本作以外には思い浮かばず、しかも作品だけで訴えるより遥かに説得力を持つ。

他にも音楽、演出、脚本、美術全てが完璧で、壮大な群像劇としても、ヒューマンドラマとしても、勿論SFとしても楽しめる。おそらくこれからも何度も観てその度に全く別の感想を持つだろう。本当の意味で全ての垣根を越えた奇跡のような作品。エンドロールのネタばらしも必見。
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