むぅ

舟を編むのむぅのレビュー・感想・評価

舟を編む(2013年製作の映画)
4.2
「何でもすぐに聞かずに、自分で調べるという努力をしなさい」

「これ、どういう意味?」
小4くらいの頃、本を読んでいて分からない言葉に出会った時に母に尋ねたら、辞書を渡されそう言われた。
夕飯の時に
「調べてどうだった?」
「お母さんより辞書の方が分かりやすいってことが分かった」
寡黙な父が大爆笑していた。

その言葉を覚えていないのが、なんとも残念である。そして今思うと、母が簡潔に答えられないような言葉を聞いたからこその、そのお告げだったのではないかという疑惑も浮かぶ。

言葉にも年齢があるのかもな。

そう思った。
その点からいうと、私は言葉は"年上"の方が好みのタイプだ。
"年下"の言葉に驚かされることがあると、年取ったなと思ったりする。
生まれたてほやほやの言葉や、まだまだ幼い言葉、気になる言葉、辞書に収録する言葉を探し出す"用例採集"が楽しそうだった。
やってみたい。

恋をした主人公のマジメくんのあたふたが可愛い。物語の中の誰かの恋を「実りますように!」と真剣に思ったのは久しぶりだった。
そんなマジメくんの恋の語釈。

こい【恋】
ある人を好きになってしまい、寝ても覚めてもその人のことが頭から離れず、他のことが手につかなくなり身悶えしたくなるような心の状態。
成就すれば、天にも昇る気持ちになる。

良い。
ついでに気になったので、家に電話をし、どうやら昼寝をしていた母を叩き起こして私の部屋の辞書の恋の語釈を読み上げさせた。

こい【恋】
異性に愛情を寄せること、その心、恋愛。本来はその対象にどうしようもないほど引きつけられ、しかも、満たされず苦しく辛い気持ちをいう。

そうか、"異性"か。
うーん。更に気になって本屋さんに寄り道し、一番売れていると帯に書かれた辞書を引いてみた。買わずに真剣に暗記したことに、ちょっと罪悪感がある。

こい【恋】
特定の相手に深い愛情を抱き、その存在が身近に感じられるとき、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態。

うん。
他の辞書も覗いてみたが、"異性(稀に同性)" "男女" などだったので、この辞書が1番売れて欲しいな、と帯にエールを送った。

言葉の海を渡る舟"大渡海"
その"舟を編む"
しみじみと良いタイトルだなぁ、と思う。

物語の中で辞書"大渡海"が完成するまでに費やす時間は15年。
長い、と思うが、マジメくん達には足りないのだろう。
コツコツと真摯に仕事と向き合う姿も素敵だった。

辞書に人の息づかいを感じたのも小学生の頃。
しゃれ【洒落】の用例に「ヘタなーはやめなしゃれ」とあった。
誰が考えたんだろう、と純粋に疑問だった。
"一番売れている"帯の辞書には、
潮干狩りに行ったがたいして収穫がなく「行った甲斐(=貝)がなかったよ」と、言うなど。と、あった。

「へたなーはやめなしゃれ」の方が親近感がある私は、まだまだきっと言葉の海の浅瀬にいる。
むぅ

むぅ