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ハハハのmaverickのレビュー・感想・評価

ハハハ(2010年製作の映画)
4.3
先日観た『次の朝は他人』で好きになったホン・サンス監督作品。第63回カンヌ国際映画祭で、ある視点賞を受賞。

映画監督のムンギョンとその友人のチュンシクが酒を酌み交わし、お互いに良かったことを一つずつ語るという形式で成り立っている。二人とも統営という同じ地を訪れており、そこでの思い出話を語り合う。
この監督の作風である日常の雰囲気が味になっていて、一見すると起伏のない淡々とした展開なのだが、その中に人生という深みを感じさせる。

ムンギョンもチュンシクも女にだらしなく情けない男。作中で描かれているのも不倫であったり、いい歳した大人の男がふらふらとしているような話。出てくる女性も同じように男にだらしなかったり、恋に奔放。でもそれがまた人間だなと思わせる生々しさ。淡々としたシーンの数々は時に退屈を感じるような部分もあるのだが、それこそ日常であり人生の一部なんだなと。例えば街中で知らない人の会話にふと耳を傾けてみると、一部分を切り取っただけでも様々なことが垣間見えて面白いと思う。仕事や人間関係、考えや状況など、一つ一つにその人の人間性や人生が表れている。監督は人を実に注意深く観察しているのだなと思った。人は表面だけでなく、内なる部分との二つの部分とで構成されている。そこに年月の経過による人それぞれの人生がある。ドラマチックな物語にあえてしなくても、人をリアルに描けばそれだけでドラマチックな人生の物語が表現出来るのだ。エンタメ性や芸術性で圧倒的なエネルギーを持つ韓国映画の中で、この監督のような作風は珍しい。でもこの人もまた、才能ある韓国映画界の監督の一人。独自の世界観を持っていて本当に素晴らしい人だなと思う。

映画監督のムンギョンを『殺人の追憶』のキム・サンギョンが演じる。『一級機密』では正義感溢れる軍人を熱演していたが、本作では本人のイメージとはだいぶ異なる情けない男を好演している。どんな役でも真摯に表現する素晴らしい俳優だ。高校時代に俳優になることを決意し、両親に話したらおたまで頭を叩かれ猛反対されたそう。一週間のハンガーストライキで抵抗して俳優の道に進んだというのだからその熱意に頭が下がる。その時諦めないで俳優になってくれて本当に感謝だ。
チュンシク役はユ・ジュンサン。『次の朝は他人』と同様、ホン・サンス監督作では欠かせない人。作品ごとに違う顔を見せ、本作では本当に情けない男なのだが、どこか憎めない人間臭さを上手く表現していた。
共演には『オアシス』のムン・ソリ、ドラマや映画で活躍の大ベテラン女優ユン・ヨジョンが出演し脇を固める。この演技派俳優たちが、まるでプライベートかのごとく自然体で演技をしているのも作品の魅力。それが単に本人の素ではなく、あくまで役として自然体に演じているのが流石だなと。監督も演者も表現力が素晴らしい。

舞台となるのは統営という海の町。坂を上がった高台から海を見渡せる景色の美しさが素敵な町だ。韓国の英雄である李舜臣で有名な所。そのことに関するエピソードが作中でも登場し、歴史に触れられるという点でも面白かった。李舜臣は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本軍を相手に大活躍した李氏朝鮮の武将。彼を主人公として描いた『バトル・オーシャン 海上決戦』は韓国映画の国内観客動員数1760万人の歴代1位。それだけ韓国では英雄として崇められている人で、本作でもそれがネタとして扱われている。統営という町の良さが本作にはしっかり表現されていて、景観を楽しめる作品としてもおススメだ。

迫力ある韓国ルノワール系や、ドラマチックな恋愛ものなどを好む人には向かない作品なのかもしれないが、淡々とした中にも作品性がしっかりと表現されているような映画を好む人にぴったりな映画。
派手なCGや迫力のアクションといった大規模な予算がなくても、良質な映画はちゃんと作れるんだよね。良い映画を作るのは表現力が大事なんだなと思う。ポン・ジュノ監督の次は、ホン・サンス監督を推していくことにします。
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