ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日の作品情報・感想・評価

「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」に投稿された感想・評価

このトラと漂流する少年の映画、とても壮大で美しいんだけど初めて観た時はきれい過ぎる映像が鼻についた。2度目に観たらとにかく壮大で美しくて原作も読んだらもっと壮大で残酷でぶっ飛んだ。オチで判る哀しい二重構造。さらに原作の外側にエドガー・アラン・ポー絡みのなんとも奇怪な実話がありまたぶっ飛んだ。その実話も取り込まれてこの物語がつくられているのは明らかなので是非その辺も検索してみて欲しい。海外では原作もベストセラーらしく、ポー絡みの話もわりと知られてるようなので、これらひっくるめた全体の一部としてアン・リー監督は映画をつくり、そのバランスの中であの過剰な映像美にしたのかと納得。たいしたものだ。
jr

jrの感想・評価

3.6

このレビューはネタバレを含みます

ずっと観たかった作品
詳しい内容知らないままただ虎と船に乗る話だと思ってましたが、そんな理由があって一緒に乗ってたなんでびっくり!
子供の頃から生活を共にしてすっかり懐いてるから一緒に乗っているもの思ってました笑



まず序盤は宗教の話で思わず⁇となりそうだけど
改めて洋画を観ていると、
日本の家庭はあまり宗教、政治の話ってしないよね

海に出てからのシーンはやっぱり映像美‼︎
劇場で観るべき作品でした
リアリティもありファンタジーでもあり難しい

どちらの話が本当なのか
彼の生い立ちから見れば前者の気もするけど…
Ayaka

Ayakaの感想・評価

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映画館にて
これはヨカった。
R

Rの感想・評価

4.8
見るの4回目。おもしろい!!! 見るたびに面白さが増していく!!! ぱっと見たとおりのめくるめく映像美漂流ファンタジーとしても十二分に面白いし、見終わったあとにいろいろ考えてみるのも面白い。初回は劇場で3Dで見て、映像のすごさに圧倒され、最後の方ん?ん?ん?ってなったけど、Blu-ray購入して2回目見るとスッキリ。いや、スッキリはしないか。すべてに明確な説明がつくわけではないから。見るたびに感じること加わったり変わったりする、とても奥の深い作品。いろんな見方や語り方ができると思うんやけど、僕個人としては、ライフオブパイ、というタイトルがとても印象的だと思う。ライフとは、生活、人生、命、生命、大事なもの、などいろんな意味がある。その中で、本作が描いているのは、生命、という意味においてなのではないだろうか。まず、幼少期をインドで過ごすパイは、いくつかの宗教をちょいちょいとかじっていく。ヒンドゥー、キリスト、イスラム。これはもともと多神教のヒンドゥーがベースになっているからこそ可能なことなんやけど、それを見た父は、ヘイ、息子よ、宗教なんて一度にいろんなのをできるもんじゃない、宗教はやめて理性で考えろ、宗教なら一万年くらいかかることが科学ではほんの短期間で分かってるよ、と語る。これはある点ではめちゃくちゃ正しい。特にキリスト教、イスラム教(また本作には出てこないがユダヤ教)などの排他的一神教においては、それぞれが異なった形で生命の真理を説いているため、どうしても信仰内容に矛盾が生じてしまい、混ぜてやることなんてのは出来っこない。そのため、結局表面を撫ぜるだけ、どっちつかずであやふや、日本における形骸化した雰囲気だけの宗教みたいなモノになってしまう。また、科学的な理性はたしかにものすごく大切で、たとえば信仰の対象の正誤、正邪、勝劣は、我々人間としては、理性や経験を通してしか判断できない。しかし、ここでパパは科学的理性を人間の理性の究極のモノとして語っている。けど科学って、こと生命の流転という点になると、何ひとつ、どんな些細なことですら、まともに解き明かすことができない。How?にはそこそこ答えられるかもしれないが、Why?に対してはまったく歯が立たない。パイの家族と動物たちをのせた船が、嵐にやられて沈まなければならなかったのは、一体なぜなのか。そして、あまりにも奇妙な偶然から、パイだけが、何匹かの動物をのせた救命艇で助かることができた、これは一体どういうことなのか。人生とは説明できない不条理に満ち溢れている。その中をパイは必死に生き抜こうとする。ほんの少しの水と食糧と、パイの柔肌に喰らいついて引き裂こうと構えるトラのチャーリーパーカーと共に。パイを支えるのは、智慧と希望、そして常にパイに緊張感を持たせながら同時に生きる理由を与えてもくれるチャーリーパーカーのみだ。パイの漂流する海は、広大で、美しく、ファンタジックで、エキサイティング。チャーリーパーカーも明らかにCGと分かるのに、驚くほどの実在感と生命感で躍動しており、こりゃCG技術のひとつの到達点と言えましょう。僕が心底興奮したのは、夜空を写して宇宙のようにきらめく海をチャーリーが覗き込むシーンだ。視線は水中をグングン進み、突然現れるダイオウイカの足がクジラにまとわりついて、ギューっと押しつぶすと、様々な陸上の生物へとはじけ、そのままズームインして微生物へ、粒子へ、粒子は因果の象徴であるハスに結晶し、母の顔に変わっておでこのビンディーを通り抜け、沈んだ船に到達して、海を覗き込むパイのアップに戻ってくる。そんなパイを見つめるチャーリー。何て慈しみに満ちたシーンだ。全ての生命は根底で繋がっていて、自他も彼此もなく互いを内包し合い、因果の法則によって貫かれている。それをほんの短いシーンで、ざーっと描き出す、すごいシーン。思わず涙が溢れた。で、既に全てを失ったかのように思われたパイは、さらに多くのものを、智慧も希望も何もかもを奪われてしまう。ここで、まさに映画のタイトルに返ってくる。何もかもを奪われても、最後まで、パイから奪われることのなかったものとは……そしてそれはさらなるファンタジーへと到達する。それは、まさに、人間であり、動物であり、植物であり、命そのものだった。命そのものに原初から内在する生と死、慈悲と残酷、薬と毒、その象徴だった。そして、クライマックスの、パイの身を絞られるような悲しみに、ボクのハートも引き裂かれた。パイの涙に、ボクも涙した。そこで、さらっとひとつのどんでん返しが起こり、僕たちは問われる。どっちの話を信じるか、と。ボクの答えは、日本人調査員の答えと同じだ。パイは、この漂流で、ライフそのものを突き詰めた。まさ仏教の経典がライフそのものの譬喩に満ち溢れているように、ライフオブパイもライフそのもの譬喩になっているのだと思った。さて、最後に、パイの話は神の存在を信じられるようになるようなお話だったのだろうか。その答えは見る側に委ねられているが、ボクの答えはノーである。神は人間が作り出したものであり、人間はライフそのものによって作り出されている、つまり神もライフそのものが作り出したものと言える。仮に神がいるとするならば、神はなぜパイの家族を殺したのか。なぜパイだけを生き延びさせたのか。その答えは永久に出ることがない。だが、全てがライフの流転であると考えると納得がいく。ライフそのものに確実に存在するのは、「変化」、ただそれのみだ。あらゆるライフと、ライフに起こるあらゆる現象は、一瞬も止むことなき変化、変化、変化、の永久的な連続である。ゆえに、それを自分という主体がいかにとらえるか、意味づけするか、そしてそれを生きる力に変え、人間として生き抜くか、それこそが我々のライフの真実なのではないだろうか。真理は僕たちの外にあるのではない、僕たちの中にある。この世界の全ては僕たちの中にある。神性も仏性も僕たちの中にある。さまざまに解釈しうるライフオブパイをボクはそう意味づけたいな、と思いました。最後に、スラージシャルマ、めっちゃキューーーーート!!!
心に残る。
3D吹替。映像凄い!ほおー、となる。ラスト嘘付く意味がちょっと謎。
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