レインウォッチャー

ザ・マスターのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

ザ・マスター(2012年製作の映画)
4.5
人どうしの出会いは星の公転軌道のようで、それぞれが先の見えない闇の中で楕円を描いているものがほんの気まぐれに重なったり、衝突したり、すれ違ったりする。やがて忘れ去られるような一瞬の邂逅であっても、そこで生じた少しの軌道のズレがその後を大きく変えるということもある。

これは、激情型の帰還兵の男(ホアキンフェニックス)とカルトの首長的な男(フィリップシーモアホフマン)という、普通であれば縁がなさそうな二人の一時的な蜜月というか奇妙な依存関係のような出会いを切り取った物語だ。かなり散文的というかアドリブ演技のジャムセッションのようなシーンが多く、どうしても物語そのものよりもホアキンフェニックス劇場的な見方での評価が多いのかもしれないけれど、自分はこの余白の残し方・構築のバランスがどうにも好きで、何度か思い出したように観てしまっている。

まるで自分を内から外から傷つけて罰しながら生きているようなホアキンと、おそらく自分の器以上に膨らんでしまった虚像に怯えるようでいるホフマン。彼らはいずれも決して褒められたような人生を送っていないかもしれず、ただそれでも一時的にお互いを救いあっていたことはきっと事実であり、だからこそホアキンが終盤近くでホフマンを「卒業」してから見せる安らいだ表情にはこの上ない滋味がある。
映像の彩度・温度の高さ、そこから生まれる独特のきめ細やかさも印象的だ。そのうえで顔をアップでたっぷり見つめるようなショットが多く、彼ら彼女らの肌(そばかすや皺など残酷なほど生々しい)と瞳からその人生が滲み出てくるように思われる。
ジョニーグリーンウッド(レディオヘッド)の音楽もいつもながら冴え渡っていて、役者があえて語らない行間に水墨画のような濃淡で奥行きをつけている。

ところで、「毛じらみのやっつけかたを知ってるか?」って間違いなく映画史上サイテー初ゼリフ賞じゃないかしら。