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君と歩く世界のnetfilmsのレビュー・感想・評価

君と歩く世界(2012年製作の映画)
4.0
 シングル・ファザーとして生きる男(マティアス・スクナールツ)が、たった一人の身寄りである姉を頼り、息子と共に姉夫婦の家に居候する。仕事を見つけなければならない主人公は『預言者』同様に学がない。ナイトクラブの用心棒として、自らの体を酷使し働き先を見つける。ある日、彼はナイトクラブで男性が女性を殴るのを目撃する。無残にも殴られ、病院送りになる寸前だった女性(マリオン・コティヤール)を家まで送り届け、部屋でアイシングまでしてあげるが、彼氏に出て行けと言われ電話番号を残し去る。『リード・マイ・リップス』では主人公は最初から耳が不自由という障害を持っており、ドゥボスとカッセルは職場で出会った。今作では主人公がある日突然、不慮の事故から両脚を失う。映画の冒頭では主人公は健常者として何不自由なく暮らす。むしろ男性側の貧困の方が強調され、女性側はイルカの調教師としてそれなりの地位も名誉も得ているように見える。だからこそ、両脚切断に至った主人公の苦悩と転落がドラマの中でこれでもかと胸に迫る。

 出会いの場面に見られたように、女性は時折ストレートな物言いで男を怒らせる。ヒロインは男勝りであり、社会的に見れば男性顔負けの生活をし、ジェンダー差に一際敏感な人間である。そんな彼女が生きる希望の全てを失い、一度だけしか会ったことのない男にすがる。男はナイトクラブの用心棒から夜の警備員に転職するも、どこか満たされない。女は両脚を失い、病室のカーテンを閉め切って光の当たらない生活を送る。その両者が女の電話から再会するところの淡々とした描写が素晴らしい。男はマリファナを吸い、泳いでくると海へ向かう。そんな男に引っ張られるように女も海へ向かう。障害者に対して過保護ではない彼のさりげない行動や態度が、やがてヒロインの心を開いていく。

 オーディアール映画の特徴である「二重生活」は今作でも実に印象的にシーンを盛り上げる。スクナールツは夜は警備員として働きながら、昼間は賭けの地下格闘技で闘っている。己の肉体のみで生きている彼にとって、闘うことしか生活を豊かにする術はない。彼は常に身体を鍛え、新しい技を習得し、地下格闘技のために全てを捧げる。コティヤールもそんな彼の姿を車の中から支える。最初は「男性の世界だから」と傍での観戦を断られた女だったが、後半ある事情の変化から劇的にその地を踏む。中盤のイルカと主人公の窓越しの再会シーンは実に印象的で見事である。こんなにもよく訓練されたイルカ君が、時には残酷さの象徴にもなり、映画内に流れる時間が否応なしに輝き出す。オーディアールの脚本は男性側にも女性側にも当初の生活とは違う2人の成長を促すが、人間同士のつながりが実に密接に誠実に彼らの糸を絡ませたり解したりする。途中までまったく親としての息子への態度に納得していなかったが、監督はクライマックスにしっかりと葛藤の場面を用意する。今作でヒロインを務めたマリオン・コティヤールの生への渇望に思わず涙腺が緩む。
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