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よりよき人生のNMのレビュー・感想・評価

よりよき人生(2011年製作の映画)
4.2
学生食堂で働く男、ヤン。
料理が好きで、転職しようとレストランに出向くが、未経験とみなされ歯牙にも掛からない。

その日面接に行ったレストランで、ウェイトレスのナディアと惹かれ合う。ナディアはレバノン出身で幼い息子、スリマンがいた。

休日に三人で森へ出かけ遊ぶような関係にまで発展。
そこで見かけた古い建物をレストランに改築し二人で切り盛りする夢を抱くが………。


フランスの労働階級の実情が垣間見れる。毎日働き詰めでも生活は良くならない。新しい人生に挑むチャンスも与えられない。
フランスというとおしゃれなイメージがあまりに強いが、実際は階級社会に苦しむ人が大勢いる。
子どもがいることを聞いても驚かないことから、自由の国フランスだけあるが、その代償も小さくないことが想像できる。
それに移民であることも驚かないことから少しも珍しくないのだろう。
将来のことは考えられないが、とにかく今日を生き抜くしかない。

「人生のやり直しよ」

チャンスを掴むために奮闘する二人。今の生活から抜け出し幸せになりたい。
まず銀行から融資を受け土地建物を買い、それから設備を整える。
ヤンのしたことは愚かだが、気持ちは痛いほど分かる。今まで不幸続き、或いは冴えない人生だったのだろう。しかし目の前にチャンスが訪れふいに希望が見えだした。これを掴まなければもう一生このままかもしれない。目先で判断してしまったことにも同情できる。
銀行員が唯一注意した点だったのに守れなかった。希望は麻薬でもある。あきらかなフラグが立った。

ここでヤンの仕事ぶりが始めて紹介される。真面目に働いているが、内容は冷凍食品を焼いているだけ。さらに不安がよぎる。この経歴であんな立派なレストランに転職しようとしていたのか。これで料理ができないと判断する材料にはならないが少なくとも無理な計画を持ちがちな一面が見える。

始めから少し考えの浅い印象はあった。しかし息子と関係を築くことで、ああ意外としっかりした人なのかな、と思わせた。
だが、店が欲しい、店さえ手に入れれば後はなんとかなる、全てが解決する、三人で幸せになれる、と思い込んでしまっている。

一方ナディアは、もとはヤンを信用していなかった。あの時は内心、その経歴でうちで働くなんて無理よと思ったはず。彼女は日々遅くまで堅実に働いていた。
だが事故的に恋に落ちてしまった。こうなると視力が落ち、大丈夫なのでは、上手くいくのでは、と思考停止してしまった。

程なく現実に気づくナディア。なにより大事なのは息子。こうなったらますます自分が頑張らなければならない。夢を追うことよりも、冷静な判断をするしかない。

ブラックリストに載せられこれ以上の融資が受けられない。追い詰められ、ナディアまで失いそうなヤン。しかしますますかたくなに店にしがみつき、知り合い全員に借金を頼む。

ナディアは転勤。もう関係は破綻しているものの仕方なくヤンが一時的に息子スリマンを預かるがそう簡単にうまくいくはずもない。

そこへマルクと名乗る明らかに怪しい金貸しが現れ、親切そうにヤンに助言をする。ヤンは言う通り住んでいたトレーラーハウスまで売り払いスリマンと安宿暮らしに。

深刻な状況に陥っているのに、隣人に「洗濯物干してもいいよ」と声をかけるヤンは間抜けなほど純朴で優しい。
ヤンは作品内で何度も優しくなったり悪いことをしたりするが、このシーンだけでヤンは悪人ではないという証明になっていると思う。

スリマンは母に会えず、ヤンは自分のことで精一杯でスリマンに愛情を注ぐ余裕がない。
実の親子のように仲の良かった二人の関係は悪化。

ここは見ていて辛い。こんな風に、あまりに余裕がないために子どもに辛く当たってしまうケースは少なくないのだろう。守らなければという気持ちはあるので自分を責め、また子どもに当たってしまう。
この場合はそもそも本当の親子ではなく、まだ絆も浅かった。

しかしやがて親子というより悪友のように関係を築き直していくヤンとスリマン。
ナディアの連絡が途絶えたので、二人ともナディアに見捨てられた身と言える。二人は協力し、生きるために何でもする。

開業はできず、店は人に貸すことに。繁盛している様子を苦々しく見つめるヤン。
もう店を売るしかないがそれでも残額と利子で借金が残り、その返済もできないので給料が差し押さえられることに。
ここで示唆的にホームレスが道端で座っている。

こうなったのはあの金貸しマルクのせいだと恨むヤン。マルクを尾行する時、ちょうど教会の鐘が何かのメッセージのように鳴り響いている。

音信不通のナディアに会うつもりか、空港へ駆け出す二人。
明日のことが考えられない状況になると、現実を見ることなどできない。ナディアに会えたとしてもまた三人で幸せになれる可能性など低い。
雲を見つめて微笑む二人の、なんと愚かしく哀しいことか。
このときのスリマンの表情は素晴らしい。彼は監督が知人の紹介で見つけたらしく、演技にはアドリブが多く含まれているらしい。

そしてナディアは予想以上にとんでもない状況にあった。なるほどどうしても連絡できなかったわけだ。しっかりしているように見えたナディアだったが、やはり彼女も社会的に弱い立場で、息子のために何でもやるしかなかった。その結果はあまりにも不憫。

「怖くなったら目を閉じて、恐怖が去った後のことを想像する」

再会のシーンは問答無用で感動する。何度も撮り直しただけあって素晴らしい。

労働許可証がなかったことがきっかけだったナディア。ではヤンはどうかというと。この先彼らはどうなったのだろうか。

ただ最後は、ヤンとスリマンがやがて本当の親子になれる予感を感じる。親がいる、子がいる、人間はそれだけでもう充分幸福なのだ。
お金よりも物よりも、本当の幸せは別物だというメッセージを感じた。少なくとも彼らは、店よりも仕事よりも地位や見栄よりも、本当に大切なものを知ったはずだ。

何気なく観始めたが、とても良い作品に出会えた。
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