ウサミ

ゼロ・ダーク・サーティのウサミのレビュー・感想・評価

ゼロ・ダーク・サーティ(2012年製作の映画)
4.0
キャスリンビグロー監督といえば『デトロイト』や『ハートロッカー』といった、ヒリヒリした映画を作る監督、というイメージ。本作もそんな感じのヒリヒリ系だった。

本作の開幕は、罪なき人々の苦痛の声が流されるもの。
日常から突如として死の淵に立たされた者たちの、非業の最期の声は、確かに胸を打たれるものだった。

「政治」や「思想」というものは、自分が思っているよりもはるかにマクロな視点を持っており、自身が想像もつかないような大きな世界で行われている。これらは人間の営みのために行われる行為であるはずなのに、末端の「ただの人間」一人一人の命に大した価値が無いのでは、なんて思うほど、人があっけなく死ぬ。反対に、たった1人の生が複数の死を生むこともある。
本作は9.11という世界を震撼させた事件をテーマに置いているが、その事件をマクロに描くのではなく、そこに関わった「末端」の、「仕事」を淡々と描く。
思うように進まない捜査、泥臭く残酷な拷問の積み重ね、首を縦に振らない上司たち。そこには正義も悪もなく、希望も感動もない。9.11の事後対応は、政治や思想でも、正義の戦いなどでもなく、あくまで「仕事」なのだ。

主人公の事件への執念は、彼女の行動をやがて「仕事」から逸脱させ、もはや一種の狂気のような執着となって描かれる。一本気な女性は、凄みをもって事件を掘り下げて、ビンラディン確保に食らいつく。残酷なシーンの数々は、アメリカの負の側面を惜しみなく晒し、現代の戦場においても「正義」や「悪」というものは陳腐な言葉の一つに過ぎないと、荘厳で重苦しく描かれている。

しかし、個人的には、どうもその奥まったテーマが、作品を通じて芯に伝わってこないと思った。
社会派の“エンタメ映画”、といった印象で、重苦しいバックボーンと、作品の質感に齟齬がある気がした。
描写も今ひとつ真実味や緊張感を感じず、作品が単純な映像の連続のように見えてしまった。実話ベース、といえども実話ではないし、そもそもドキュメンタリーではない。映像の質感も手振れの多い画面も重くリアルな雰囲気を出すのに一役買っているが、今一つ真実味を感じない。
鑑賞の中で、本作が描きたいものが今一つ掴めなかった。中立的な視点、アメリカの負の側面も惜しげもなく暴く挑戦的な作品…「風」のエンタメ映画に思えてしまった。フィクションとして観るならば、戦場に漂う狂気や異常性はあまり味わえないし、手振れのカメラワークは少し億劫。ノンフィクションとしてみるなら、社会派エンタメ的な描き方が少し邪魔くさく、入り込めない。
一体この映画、どういう映画なんだろう、どこを楽しめばいいんだろう、何を感じればいいんだろう、そう悩んでいるうちに、映画が進む。ただの映像の連続を眺めるには、156分はさすがに長いと思った。

けど、ラストにかけての部隊の攻防の緊迫感、暗闇でのやり取りにはワクワクドキドキした。だって男の子だもん。
ウサミ

ウサミ