今、私を含めた「夏への扉」ファンが、いちばんざわざわしているのは、間違いなく「夏への扉」が世界で初めて映画化されるというニュースであろう。
「ざわざわ」と書いたのは、それがハリウッド資本ではなく、邦画であり、山崎賢人主演だという点だ。そして監督は三木孝浩。
おそらく「夏への扉」ファンの多くは、「あ~、世界で初めて映画化されるというのに、ティーンエイジャー向けの邦画なのか~」という残念な気持ちでいるのではないかと思う。
ただ、私は三木孝浩監督がメガフォンを取る聞いて、それならまだ安心して待っていられるか、とちょっとほっとしたのだ。
私は半世紀以上生きているおじさんなわけであるが、ティーンエイジャー向け邦画も、可能な限り積極的に観るようにしている。それは、自分がティーンエイジャーだったころに、角川映画を観て育ったということもあるけれど、ものすごく不遜に言わせてもらえば、カイエ・デュ・シネマの同人たちのような気持ちも持っているから。
つまり、カイエ・デュ・シネマの同人たちは当時低俗な娯楽とされていたアメリカ映画を、「作家主義」という概念を用いて批評することで、それらが「作家の作った芸術作品」だと再定義するという偉業を成し遂げたわけだ。
彼らの凄いところは批評に留まらず、それを実践にまで移し、ヌーベルバーグの担い手になったということだが、それはまた別のお話。
ともかく、今、「良識のある映画ファン」がいちばん避けて通るのが、ティーンエイジャー向けの邦画ではないかと思うんだけれど、ヌーベルバーグの連中みたいに、そこにもちゃんと視線を向けて評価すべきは評価しよう、というのが私の信念なのです。
偉そうで、すみません。
そんな中で、私が高評価している一人が三木孝浩監督なのです。
なので、「夏の扉」邦画化のニュースにも、ほっとしたという次第。
私の「三木孝浩褒め」は「坂道のアポロン」レビューをご参照いただくとして、本ニュースを聞いて、未見だった本作を観た。正直、「でも、ほんとにこの人で大丈夫かな……」という確認作業でもあったわけです。申し訳ない。
ただの恋愛映画かと身構えて観始めたら、途中で難病ものの流れになってきたんで、さらに身構えてしまったんだけれど、なんのなんの! 私の大好物な種類の作品でした。
「江の島」「江ノ電」「猫」「SF(ま、本作はSFというよりファンタジーなんだけれど)」「時をかける少女」「ペットサウンド」
もう、牛丼とカレーと寿司とステーキを一緒に喰ったくらい大満足。
この三木孝浩監督なら、「夏への扉」を任せて心配なし! そう感じました。
なんて偉そうな私。
何しろ、本作がすでに「猫SF」なんだから、同じ猫SFの「夏への扉」には、もう悪い予感のかけらもないさ! って思ったのです。
おまけに、三木孝浩監督が影響を受けた映画のひとつに、大林版「時かけ」があるようなのですが、じゃあ「夏への扉」のようなタイムトラベルものでも、いい仕事をしてくれるんじゃないでしょうか。
本作の脚本は菅野友恵で、「夏への扉」も同じ座組みになるとのこと。
菅野友恵さんといえば、私は山下敦弘監督の「味園ユニバース」が大好きなんだけれど、なんといっても仲里依紗の実写版のほうの「時かけ」の脚本も手掛けている方。
なんか、いろんなことが「時かけ」に収斂していく。
ほらほら、どんどん楽しみになってきたよ!
(本作は向井康介との共同脚本だけど、向井康介は盟友山下敦弘との作品でもそうでなくても名作を連打している人)
本作の台詞にも、いいものがたくさんあり、最高だったのが「ブライアン、喰っちゃったでしょ」。
原作未読なので、脚本家の手柄かどうかはわかりませんが、もう、あそこはやばいね。くすっと笑いながら泣けてきちゃう。
上野樹里の正体を知ってるよという意味の松ジュンの台詞なんだけれど、もう婉曲表現として最高クラスじゃないですか?
私が映画を観る快楽のひとつには、こういう「うまいっ!」を味わうためもあるので、その意味でも文句なし。
オープニングからいきなりの「時かけ」オマージュで始まる作品ですが、なんといっても「手の傷」ね。
脳内に知世様の「私の傷は大切な思い出よ」が再生されるじゃないですか。
もうそうなると、「素敵じゃないか」が「桃~栗さ~んねん」にしか聞こえなくなってくる。いや、嘘書いた。さすがそれはなかった。
とにかく邦画化のニュースにざわざわしている「夏への扉」ファンの諸氏は、本作を観られることをお勧めします。
「ざわざわ」を「わくわく」に変えてくれますから!