菩薩

かぐや姫の物語の菩薩のレビュー・感想・評価

かぐや姫の物語(2013年製作の映画)
5.0
翁が悪いわけではない、もちろん嫗が悪いわけでも、姫が悪いわけでもない。親は子の幸せを願い、子は親の願いを叶えようとした、ただそれだけの事だ。此の国の自然の美しさ、季節を巡り色を失えど、また春に命の息吹を取り戻すそれとは対照的に、男たちが作り上げた社会、そんな理想はなんと汚らしいものか。男が女に求める美しさ、それは眉を奪い汗を止め、歯を黒く染め笑いを奪い、十二の衣を纏わせ動きを封じた。そうして女は男の「物」になる、大人の証を得て、名付けを祝うその宴には、姫の姿は無い。自由を求めて月より舞降りた姫は、自由を奪われ月へと舞い戻る。元より姫は「罪」を着せられ、その「罰」により地球に降ろされた、姫が犯した「罪と罰」は繰り返される事になる。結婚こそが女の幸せ、家庭に入り、子を育て、一人前の「母」になる事が幸せなのだと言う男が作り上げた思想は、今も尚健在であろう。だがその理想こそが、女のみならず男自身の身に大きな鎖を巻きつけているのも事実、幸せ、とは一体なんなのであろうか。姫が姫になる以前、まだ「たけのこ」と呼ばれ健やかに、伸びゆくままに任せていた頃に見せていたあの笑顔、一度消滅したその笑顔が再び姿を現わすのは、一時男の目を逃れ、満開に咲き誇る桜の下で自由に舞い踊る時である。しかしその笑顔も長くは続かない、男達の目に代わり、世間の目が邪魔をする、高貴の姫の烙印を押された彼女は、もはや心から生を喜ぶ自由は奪われてしまった。月が夢幻、地球が現実なのだとしたら、そんな現実を忘れ、夢幻の世界に戻る事が幸せなのだろうか、月もまた、地球の人々が勝手に思い描いた張りぼての美しさの象徴なのではないか。悲しみ悩み、だがその裏には喜びと悟りがある、喜怒哀楽を失わず、鳥虫獣草木花、生きとし生けるもの全ての息吹を感じ取り、巡りゆく季節に想いを馳せ、回りゆく命そのものを自由に謳歌し、日々生きている手応えをその手に携え生きていく。まつとしきかば今かへりこむ、姫、貴方の帰りを待つ者が、その星にはおります。いつか流れ落ちる涙の理由を思い出す事があるならば、どうか今一度、彼らの元にお戻り下さいませ、今度は貴方の自由の羽根を奪い取る真似はせぬ事でしょう、愚かなる人々を、どうぞお許しください。そして生命の醜さと美しさを詰めに詰め込んだ、こんな素晴らしい作品を遺して下さった高畑監督、どうぞ安らかに。