せーじ

かぐや姫の物語のせーじのレビュー・感想・評価

かぐや姫の物語(2013年製作の映画)
4.8
2018年5月18日、金曜ロードショウにて鑑賞…しようとしたものの、一気に見るのが辛すぎて、録画を観てはCMごとに観るのをやめ…しばらくしてから録画をつけなおし…を繰り返していたので、感想を書くのが今に。(ちなみにまともに観るのは今回が初めてです)

どうしてそういう観方になってしまったかというと、あまりに姫が可哀想で可哀想で、理不尽さに腹が立って腹が立って、心の底から胸糞悪く感じてしまったからだ。
特に男どもの醜さときたら…
映画館で観ていたら、どういうことになっていただろうかと思う。
自分も男なのにね。

ただ、矛盾しているのかもしれないけれど、この作品は胸糞悪くなる反面、むしろ物凄く優しくて力強い救いが込められている作品なのだとも思う。
姫がたとえ天界の者たちに「この世界で生きてみたいと望んだこと」が"罪"、「生まれおちて様々な怒りや悲しみに苛まれること」が"罰"であると定義づけられてしまっていたのだとしても、"罪と罰"があるから生きる意味を失くすのではなく、むしろそれそのものが生きているということそのものであるという、圧倒的で絶対的な生命の肯定があるのだということを、高畑監督がこの作品で描ききろうとしているように思えたからだ。
「どんなに夢が破れ挫折を繰り返したとしても、どんなに理不尽で不幸だったとしても、生きているものや生きてきたものの"生"はどんな存在にも絶対に否定はされない、イコール"生まれてこなければ良かった"というのは理屈として成り立たない」という大前提をしっかりと作品の中心に据えているから、単なる悲劇とはまるで違う、強くて優しい作品として成り立っているのだと思う。

すべては、生きているという大前提があるうえでの話なのだ、という。

そして、そのことを描くために、文字通り"線"の一本一本から背景の余白に至る隅々にまで、彼女たちを含めた世界がいきいきと生みだされていることに心の底から感動する。アニメーションという「生命無きものに生命を与えようとする」手法がこの物語と見事に合っていて、丹念に織り重ねられているのが素晴らしい。
「姫の生き方そのものや姫が生きてきた世界そのものを"アニマ"にしていく」って、こうやって言葉にすると物凄く簡単で軽くなってしまうけれど、そこにはどれ程のものがこの作品に込められているのかを考えてしまうと…って、ヤバいっすね。そういうことはあまり想像を巡らさない方がいいのかもしれません。

という訳で、とんでもない傑作だと思います。
思いますが、心底胸糞悪くなります。
胸糞悪くなりますが、おすすめです。