TAK44マグナム

みえない雲のTAK44マグナムのレビュー・感想・評価

みえない雲(2006年製作の映画)
3.2
みんな知っていた。
けれど誰もが考えないようにしていたんだ。


グードルン・パウゼヴァングによるベストセラー小説を「レボリューション6」のグレゴール・シュニッツラー監督が映画化。

ドイツの原発が放射能漏れ事故を起こし、近隣の町がパニックに陥る様を前半で描き、後半は被爆した主人公の少女と、彼女を愛そうとする少年の触れ合いを描いています。


高校生のハンナは、母親と弟ウリとの三人暮らし。
気になる男子エルマーとの初キスの最中、町中にサイレンがけたたましく鳴り響きはじめます。
原子力発電所で事故が発生し、それを知らせる警報でした。
学校、そして町中がパニック状態になる中、エルマーと離れ離れになったハンナは何とか帰宅します。
母親は原発近くの町へ仕事で行っており、ハンナは母の身を案じながらもウリと一緒に地下室に避難しますが、近所の人々はいつの間にか他所へ避難し、ハンナ達は孤立してしまいます。
仕方なく自転車で駅を目指すハンナ達。
しかし、そこには残酷な運命が待ち構えていたのでした・・・。


前半は、青春映画のテンプレートのように始まり、突然の警報で日常が破壊される様子をテンポ良く描写しています。
美しい街並みが、まるで嵐が去ったあとのような様相に変わっているのがショッキングではありますが、総じてパニック描写はこちらの想像の範疇を超えてはきませんでした。
死に物狂いに駅を目指す人々の人間性が失われていったり、我先に電車に乗ろうとする人々でごった返す駅の場面が前半のクライマックスでありますが、娯楽性の高いディザスター映画とは違うので、そこら辺は割とアッサリな印象。
しかし、放射能を含んだ黒い雲が近づいてくるのは、我々日本人にとっては全く以って絵空事ではないので、やはり単純に恐ろしいです。
実際に被害を被った者でなくてもじゅうぶんに怖いのに、これは震災時の原発事故で避難された方には辛い映画ではないかと想像に難くありません。

後半は、被爆してしまったハンナを中心に、事故のその後、数ヶ月にわたったお話となります。
髪の毛がみんな抜けてしまったハンナでしたが、収容された病院にエルマーが訪ねてきます。
そこから、ハンナとエルマーの恋愛劇となり、社会復帰してゆくハンナの姿を静かにカメラが追ってゆくのですが、いかんせんパンチが弱い。
原作は原発への警鐘として書かれたもので、あくまでもメインとなるのは「このままで良いのか」と社会全体に議論を促す事であった筈。
本来、こういったテーマを持つ原作を映画化するということは「想定される被害や環境変化」をビジュアルで見せることによって、より容易に喚起の手助けにならなければならないのに、事故後の社会変化や対応の描写が甘すぎると感じました。
これではよくある難病モノとあまり変わりばえしません。
(古い映画ですけれど、核戦争の恐怖を描いた「ザ・デイ・アフター」を半分ぐらいに薄めたような、つまりはかなりの薄口だと思います)

節電や物資供給の遅延からくる都会での生活環境の劣化や、心無い被爆者への迫害についても僅かに語られるのみで、ほとんどがハンナの乙女チックな心情を追うことに費やされており、その点は大いに不満。
社会不安からくる狂気にさらされることで、登場人物の心情がどう変わったり変わらなかったりと動くのか、そこを見たかったし、ドイツの人々が原発(核)についてどんな風に思っているのかをもっと知りたかったのですが、本作を観ても「ああ、日本と同じような民度なのかな」ぐらいにしか個人的には感想が思い浮かびませんでした。

前半からして、ハンナの(自分勝手な)選択が事態を悪くしてゆくのでどうしてもイライラさせられますし、ラストに至ってはしんみりするものの、「だからそれはお前のせいだろ」と(そうじゃないと理解しつつも)思ってしまいました。
主演の女の子が実際に髪を丸刈りにしてまで熱演しているのに、お話を端折り過ぎたのか、作品全体がかなりライトな方向に落ち着いてしまっていて、なんとも惜しい出来だと言わざるおえません。
作り手の作家性もあるでしょうが、エグさが決定的に足りない。
もっとショッキングでないと深く刺さりません。
人の胸(心)って意外と深く埋まっているものですから、届かせるには長いナイフでないとね。


最後に、どうしても看過できない点がひとつ。
エルマーがハンナの傍にいると決心する場面での医者のセリフ。
「(隔離された病室にいるなら)被爆者と同様の扱いになるぞ」
これはどうなの?
しかも、エルマーのその後についても、ちょっとどうなんだと思いました。
あれでは、悲しいことながら日本でも起きている「避難者虐め」を助長しかねません。
安易にあんな展開にするのは、それこそ作り手側の知識や自覚の無さを露呈させてしまうだけだと思うのです。


映画化することの意義は間違いなくありますが、もう少しテーマを深く掘り下げてほしかったですね。


セルDVDにて