昨日観た「海底47m」に感心したので、ヨハネス・ロバーツという監督さんの名前を記憶に留めることにして、過去作を調べていたら、本作に行き当たりました。
本作のいちばんのウリは何といっても、「アメリカでは1スクリーンのみで1日だけ公開。ボックスオフィスはなんと僅か72ドル!」。
そりゃ、観たくなるでしょ。
で、アマプラにありました。400円でした。
つまり、私が本作を観るには、実にアメリカの興収全体の7パーセント近いお金が必要なのですよ。
これがMCU作品だったら、私は何億円も払うことになるわけですよ。
なんか、ロジックが正しくない気もしますが、ええ、そういうことなんですよ。
で、観ましたよ。
(一応、本作の名誉のために書いておきますが、世界興収はWikipediaによると65万ドル程度はあったみたいです。ただし、製作費が200万ドルくらいなので、全然回収できてません。私のように有料配信でチャリンチャリンする客によって、どうか元が取れますように!)
映画なんか、予備知識がゼロに近ければ近いほど、鑑賞環境としてはよいはずのものです。
でも、本作のように悪い評判を耳にしてから観ることって意外と少なくないじゃないですか。
そういう時の気持ちの持ち方って、映画ファンは次のどっちかになりますよね。
つまり、「世間と同じように嘲笑してやろう」と、「いや、俺だけはこの映画のよさを発見してやろう」の二つ。
私は何しろ「海底47m」に感服したので、後者のマインド・セッティングで観ました。
そうすると、意外と面白かったのですね、これが。
ハロー効果というやつですかね。違うか。まあ、いいや。
「海底47m」と「ストレージ24」に共通する作家性は次のようなものになるでしょうか。
・閉空間のワンシチュエーション・スリラー
・登場人物の一人が失恋をグズグズ引きずっている
・いろんなアイテムを有効活用してクエストをクリアする
・クエストを通して失恋者が人間的に成長する
・あと、題名に数字が入っている
まあ、たった2本しか観てない観客から、「作家性」などという大袈裟な言葉でもってそんな指摘をされるヨハネス・ロバーツ監督が不憫でならない気持ちもします。というか言ってるのは私なんですね。すみません。
本作を褒めるつもりで観た私ですら、ちょっとどうかと思ったのが、空間描写の上手くなさ。
クリーチャーと人物の距離感や位置関係が全然わからない。
だから、どの程度ピンチなのか、どの程度は安全なのか、さっぱり伝わらない。
これは、ハリポシリーズの後半を任されたデビッド・イェーツがそうでした。
まあ、あっちは天下のハリポなんで、予算は潤沢にあるし、カメラをガーっと移動させて位置関係を示すショットもあって、こっちよりはマシだったんですが、こちらは低予算なんで、較べると何しろヨハネスさんは分が悪い。
ただね。「海底47m」ではそれを全然感じなかった。
むしろ、本作以上にランドマークがない海底で、2次元どころか3次元的な位置関係まで全然ストレスなく判断することができたのです。
本作と「海底47m」までは僅か5年。IMDBによると、間には監督作品としては短篇1本と長篇1本しかないんです。
どうしたんだ、ヨハネスさん。そんな短いキャリアの間にどうやってメキメキ腕を上げた?
もしや、あなたはトム・ジョーンズか?!(←「恋はメキ・メキ」に掛けた、不要な一文)
そんなわけで、間に撮られた「アザー・サイド 死者の扉」を明日は観ることにします。
こういう渉猟の仕方ができるので、映画っていいですよね!