Inagaquilala

マーガレットのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

マーガレット(2011年製作の映画)
3.9
「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の監督、ケネス・ロナーガンが2011年に発表した作品。ネタバレとなるので、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のときにはあまり触れられなかったが、この作品もまた「贖罪」と「自己防衛」が物語を展開させていく駆動力となっている。

自らが運転手に話しかけたことが遠因となって、人命が失われるバス事故を招来してしまったと考えているニューヨークに住む17歳の女子高生リサ(アンナ・パキン)が主人公。リサは自分を守るため、警察の事情聴取には、事故で死亡した歩行者が信号を無視したという嘘の証言をしてしまう。事実は、自分がバスの運転手(マーク・ラファロ)に話しかけ、彼が余所見をしていて赤信号に気づかず、歩行者をはねてしまったというのが真相だ。

リサの証言でバスの運転手は責任を問われることなく事故は処理されてしまうが、彼女の胸のうちは収まりがつかない。事故現場で最期を看取った被害者女性に対する「贖罪」意識と、強烈な自我を所有するがゆえの「自己防衛」本能が、彼女を引き裂いていく。

教室では必要以上にクラスメートに議論をふっかけたり、同級生の男子を自宅に呼んで無謀な初体験を済ませたり、自分の話をきちんと聴いてくれる教師をわざと困惑させてみたり、彼女は心身ともに揺れ動く。この彼女の心中穏やかならざるスクールライフのシーンは少しコミカルでもあり、なかなか面白い。

家ではリサは舞台女優の母親とのふたり暮らし。最近、恋人ができた母親とも衝突してばかり、自らの不安定な状態をなんとか脱しようと、リサは真実を告白しようと警察に出頭するが、それはもう処理が済んだことと取り合ってくれない。被害者女性の親友を尋ねあて、彼女とともにバス会社と運転手を訴える訴訟をリサは起こそうとするのだが。

実はこの作品は2005年に撮影されている。監督のケネス・ロナーガンは当初上映時間3時間のロングバージョンでの公開を望んだ(実際の公開バージョンは2時間30分)。映画会社はこれを良しとせず、作品はお蔵入り、その間に費用未払いの訴訟なども絡み、結局、公開されたのは6年後の2011年となった。ケネス・ロナーガンがデビュー作の「ユー・キャン・カウント・オン・ミー」から次のこの作品の発表まで11年もの時間がかかったのは、どうも彼が寡作だからではなく、このトラブルに巻き込まれたことに起因するものらしい。

一説にはこの作品は製作当時のアメリカの政治状況を主人公リサの行動に仮託して描いているという見方があり、確かに「自己防衛」本能をマックスで発露して訴訟を進めるリサには、911同時多発テロからイラク戦争へとのめり込んでいく当時のブッシュ政権を重ね合わせて見ることもできる。劇中には必要以上に政治的なディベートのシーンも取り入れられており、その臭いはかねり感じる。ただ、この作品が6年間放置されていたことで、政治的アナライズは明らかにタイミングを失ってしまった。

それまでの激しく闘争的なリサが、突然、ラストのメトロポリタン歌劇場のオペラのシーンで母親と抱き合う場面には、やや違和感も感じた。とってつけた感というか、無理やり幕引きをしたというか、オペラ観賞のシーンだけに、その感はなおさら募った。

ただ、このトラブルを通じて、ケネス・ロナーガン監督は明らかに悟ったようにも思う。物語に無理やり幕を降ろそうとするのは適当ではないと。同様のテーマで、物語を動かしている「マンチェスター・バイ・ザ・シー」には、その教訓が生かされていると自分は感じるのだが、いかがであろう。

上映時間は2時間30分となったが、ケネス・ロナーガン監督の作品に対する誠実さは変わらず維持されており、冒頭の父親との旅行計画からテンガロンハットそしてバス事故に至る展開に代表される脚本のキレはあいかわらずで、その力量は卓越している。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は生まれるべくして生み出されたといってもよい。
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