Dick

嘆きのピエタのDickのネタバレレビュー・内容・結末

嘆きのピエタ(2012年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

【初版2013/07】
▲昨年4月公開されたキム・ギドクの3年ぶりの新作ドキュメンタリー『アリラン』を観て、彼のひび割れた足や、活気のない表情等の変貌ぶりに驚いた。彼は2008年の「悲夢(ヒム)」を最後に、突然表舞台から姿を消してしまう。『悲夢(ヒム)』の撮影中、人生観が変わるほどの衝撃を受けたのが原因らしい。主演女優(イ・ナヨン)が監獄の窓で首を吊るシーンで、気絶して絶命寸前の事故となったのだ。この一件でスランプに陥ったキム・ギドクは人里離れた寒村の山小屋で隠遁生活を送り始める。「飛ぶ鳥を落とす勢いだった天才キム・ギドクでもスランプになる」事実はショックだった。しかし、振り返れば「天皇と呼ばれた黒澤明監督でさえ、61歳の時自殺未遂を起こす。(『どですかでん』を完成させた直後)。人間には誰にもそういう弱さがあるのだろう。先のことは誰にも分からないが、希望を持ってしっかり生きて生きたいと思う。
▲山篭りから3年ほど経った後、「映画を撮れないなら自分を撮ろう」と、自分にカメラを向けて撮ったセルフ・ドキュメンタリーが『アリラン』だったのだ。これはカンヌ国際映画祭<ある視点>部門最優秀作品賞を受賞した。この受賞により自信を回復したキム・ギドクが活動を再開した結果が本作だ。
●本作を観て安心した。キム・ギドクは完全に復活した。
●舞台は、ソウル特別市の中心部を流れる小さな川、清渓川(チョンゲチョン)周辺の、下請けの零細工場がひしめく町。時代に取り残されたような地区。ここは、ギドクが10代の時、貧しかった家計を助けるため、工場労働者として働いていた地区だった。工場の内部のシーンが何度も登場するのは或る意味でのノスタルジーなのだろう。メインは金属部品加工で殆どが経営難の借金経営。何れ再開発される運命にある。高層ビルの狭間で弱い人々が淘汰されていく構図。
▲下請けの零細工場と言えば『キューポラのある街(1962)』で有名になった鋳物の町、埼玉県川口市を思い出す。当時の鋳物工場は移転や廃業で、今ではほとんどその姿が見られない。
▲キム・ギドクはユニークな舞台設定がうまい。『魚と寝る女 (2000)』 、『悪い男(2001)』、『春夏秋冬そして春(2003)』、『サマリア (2004)』、『弓 (2005)』、『絶対の愛 (2006)』、『ブレス (2007)』等々。
◆◆◆以下ネタバレ:
【主人公ガンドは親に捨てられた孤児。「母の愛を知らない」。故に、債務者に重症を負わせ、その保険で借金を取り立てるような非情なことを躊躇いもなく出来る。マイケル・パウエルが『血を吸うカメラ(1960)』で描いたように、「幼児時期の体験がその人の性格を作るのだ」。そんなガンドの元に、ガンドの母親だと名乗るミソンが現れ、親子関係を築いていく。母の愛を知ったガンドは「車で引きずり回して殺してやりたい」という債務者の感情を理解する。「歪んだ性格も母の愛によって是正することが出来るのだ」。自分の罪の深さ認識したガンドは最後は死を選ぶ。贖罪だ。】
【突っ込みどころ:
①終盤:頭から飛び降りてうつ伏せで死んだ母親を名乗るミソンの顔に全く傷がない。しかし、本作はリアリズムではなく、ミソンは聖母マリアの象徴として描かれているので良しとしよう。
②ラスト:債務者の妻のトラックの下にチェーンで体を縛ったガント。何も知らない妻はトラックを運転する。道路には、太く赤い血の道が延々と続いていく。道とトラックで十字架となる構図だが、血の道があんなに長く続くのは疑問。しかし、ガントも、無知や貧困やエゴ等人のマイナス面を背負って死んだ。これはキリストの象徴なのだ。だから長く続く道が相応しいのだ。】
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