HarukaFukuda

旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランスのHarukaFukudaのレビュー・感想・評価

3.3
ほとり座で鑑賞。

BSの〖世界ふれあい街歩き〗が大好きな私は、単純にほのぼのした写真が次々現れる映画なんだと思っていた。
違った。すいません。

反政府組織に監禁された女性への独占取材。
内戦中の風景。
戦線のなかで命を落とす捕虜。
精神病院で過ごす患者たち。
まさかこんなにも暗い現実を映し出しているとは思わず、ちょっと動揺。

たとえば、プラハの春。
逃げ惑う人々。立ち上る煙。立ちはだかる兵士たちの壁。感情を失った眼差し。モノクロ、無音、手ブレの映像から語りかけてくるメッセージの強いこと。

レイモンはこだわる。写真家なら皆そうなのかもしれないが、冒頭、彼はとある街角の写真を撮ろうとして、歩行者も、車も、動くものがいなくなる瞬間をじっとひたすら待っている。
そこから彼の写真への熱が伝わってくるのだが、中盤、とある写真を撮るために彼は光を待っているという。『しかし、待ちすぎると美しくなりすぎる』と彼は言った。そこで、ハッとする。彼は、美しいもの、芸術的なものをカメラに収めたいのではなくて、そのままを、ありのままを、カメラを通して伝えたいのだ、と。

20歳の彼は迷っていた。
映画の道に進むか、写真の道に進むかを。

そのとき、彼は写真を志し、報道ルポタージュという道を選択した。それらの映像が時代ごとに流されていくが、その、リアルでありながらも何故か美しい映像にゾクゾクした。一種の作り物のような気さえした。でも、それらは間違いなくレイモンが体感したその瞬間のすべてを、カメラが切り取ったものだ。

さて、これまでのレイモンの功績と並行して、レイモンは語り手となる"相棒"をおいて、フランス中どこにでも写真を撮りに出かける。
朝靄の中、バンを走らせる。道は霧で見えない。明るいのどかな景色の中を走る時もある。そして、ラスト、明るい景色は眩しすぎる光にくらんでーー見えなくなる。