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グランド・マスターのtakのレビュー・感想・評価

グランド・マスター(2013年製作の映画)
3.5
僕ら世代は、小学生でブルース・リーの存在を知り、中高校生の間にジャッキー・チェンに夢中になった。ジャッキー端役だろうが、出演していればどんな凡作でも僕らは観たし、野球中継が中止になったらテレビ各局はジャッキーの未公開作を放送してたから雨降りゃいいのにと思ってた。そして高校生の頃、リー・リンチェイ(後のジェット・リー)が映画「少林寺」でデビュー、本物の武闘家のアクションに驚嘆した。「少林寺三十六房」をきっかけに知ったショウブラザースのカンフー映画や武侠映画たち。「侠女」や「グリーン・デスティニー」は武侠映画についての知識を深めてくれた。このジャンルを観ることにかけては幸運な時代だったと言えるだろう。ブルース・リーの拳法の原型とされるのが詠春拳。その師であるイップ・マンを主人公にしたのがこの映画「グランド・マスター」だ。しかも香港のお家芸たるカンフー映画を、ウォン・カーウァイ監督が撮る。劇場へ向かう僕の心にあったのは驚きと期待。

映画冒頭、雨の夜のアクションシーン。まず撮り方が違う。何が起こっているのか遠景からハッキリ示すハリウッド映画のわかりやすさとは違う。足が飛び散らす水しぶき、崩れ落ちる男達をディティールでアップで、しかも細かいカットで綴っていく。スローモーションだからますますそれはスタイリッシュに見える。これは全編のアクションシーンを通じて貫かれる。ユアン・ウーピンの手によるワイヤーアクションも冴えを見せる。雪降る駅のホームでチャン・ツィイーとマックス・チャンが戦う場面。通過する列車のすぐ側で拳を交える二人と、その力強さを物語る細かいショットが加わって、銀幕のこちらも緊張感が高まる。狭い伎楼の中で、チャン・ツィイーとトニー・レオンが戦う場面では、空中で時が止まり、戦う男女の視線がもつれ合う様子が美しく描かれる。雪の中でチャン・ツィイーが練習する場面では、円形の足運びが特徴の八卦掌(はっけしょう)の美しさが際だつ。カーウァイ作品はカメラがいつも見事だけど、今回のフィリップ・ル・スールも素晴らしい。

しかしこの映画が観客に伝えたいのは、カンフーの美しさだけではない。日中戦争から現代まで激動の香港の歴史を背景にした人間ドラマだ。戦争の脅威に立ち向かう為にも、中国武術界も南北の統一が必要と叫ばれていたこと。各流派の後継をめぐる確執。初めて知ることが多く、興味深い。そしてイップ・マンが戦争によって大切なものを失い、再び拳法の師として活躍するまでの道のり。誇りをもって懸命に生きる人々の姿が胸をうつ。また、この映画で描かれる、北の流派と南の流派がひとつになれない悲しさとすれ違いは、数々の戦争によって引き裂かれた香港と中国の関係と無縁ではあるまい。映画の終盤に出てくるチャン・ツィイーの告白場面は、ウォン・カーウァイ監督作独特の切なさがピークとなるいい場面。

映像美と激動のドラマに酔うもよし。カンフーの歴史に知識があるならばそこを楽しむもよし。ハリウッド流のド派手なアクション映画を期待してこの映画を観てはいけない。題材こそカンフーだが、あくまでもアートな表現の人間ドラマ。映画のラスト、イップ・マンの弟子となる少年はきっと後のブルース・リー。今でもイップ・マンのスピリットは継承されている。
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