むっしゅたいやき

裁判長のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

裁判長(1918年製作の映画)
4.3
裁判官の良心。
カール・Th・ドライヤー。
ドライヤーの長編第一作にして、静かに染み入る様な余韻を残す名編である。

ドライヤーはその撮影スタイルに捉え処の無い、興味深い監督である。
彼のフィルモグラフィを通覧すると、『裁かるるジャンヌ』や『怒りの日』では不条理劇を、後期の『奇跡』では見事なまでの構成で祈りの顕現を描いた。
何れにも通底するテーマは「個人の信条の在り処」と、其れを許さない「社会の不寛容」であるが、その表現方法は各々異なる。
本作は彼の初長編となるが、鑑賞してみるとこの時期から既にこのテーマを採り上げていた事が理解される。

扨、本作である。
信条と愛情の相克を描いた作品であるが、信条への補強材料として“家訓”が描かれている。
一体に現代では本邦でも家訓を垂れる家は少ないが、ドライヤーの暮らした20世紀初頭のデンマーク村社会に於ける、子孫の行いを個縛する家訓の強さが思われる。
但し此処での「家訓」とは飽くまで「父の遺言」「周囲からの期待」であって本邦近代の士族階級程のものでは無く、其処まで厳守されるべきものなのか、と云った疑問は残った。
現代社会に生きる、私の常識の限界なのであろう。
何れにせよこの信条に良心を重ねる事を是とする裁判官を主人公に、物語は展開される。
と、書けば既にネタバレに近くなる故、プロットに関しては後はご覧頂くより他は無い。

本作は当然乍らモノクロサイレントの作品であるが、既にモノクロの癖を見極めたかの様に上手く影を使って撮影されている。
特に夜間の逃走劇では松明の灯り、フィルタ、語りとなる詩が導入され、臨場感を訴求させる。
初長編にして既に円熟味を帯びた、この撮影、この構成。
天才と称される所以であろう。
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