「不運な人々」
冒頭、1905年前後のロシア。
古い言い伝えが紹介される。ドニエプル河、小さな村、ユダヤ教の信仰、キリスト教信者、陰謀、退学、改宗、有名な弁護士、秘密警察、革命運動、僧侶、反ユダヤ主義、今、ロシア史に残るユダヤ人虐殺が始まる…
本作は故国を離れ異国の地(ベルリン)でカール・Th・ドライヤーがデンマーク人小説家のマーゼルングが出版した「互いに愛せよ」を下敷にリアリズムで描く20世紀初頭のユダヤ人の悲劇を映す独映画で、この度初見したが素晴らしい。
制作された時期は1921年で後の「ミカエル」(1924年)では室内劇に集中して描かれているが本作はまるで違う。
この作品を見ていると様々な国籍の役者が参加しているなと目で感じ取れる。
日露戦争も触れている分、ロシア人やポーランド、ガリシア出身のユダヤ人などがいる。
さて、物語はロシア南部にある反ユダヤ感情が強い町で育ったユダヤ人のハンネ=リーベの恋人アレクサンデルは大学入学の為、ペテルブルグへ赴くが革命思想の洗礼を体験してしまう…
ハンネ=リーベは兄を頼りにペテルブルグへ足を運ぶが、秘密警察からペテルブルグを出て行くように命じられる…と単純に話すとこんな感じで、迫害される娘の姿を通して南ロシアに根強くあるユダヤ人の受難を描いた作風。
本作はデビュー作の「裁判長」のようにフラッシュバック形式でなおかつ複数の登場人物の物語を語るようなものでもなく、2作目の「サタンの書の数ページ」と違って4つのエピソードに振り分けられているわけでもなく、非常に単純明快な物語でこれはわかりやすい。
河に映る木々たちの反射や美しい原風景の中で男女が芝生に座り煙草を吸って会話する場面やただ歩くだけの描写が美しい。
小さな民家で若い男女がコサックダンスを踊るシーン(この場面の表現するダイナミズムなカッティングは素晴らしい)も可愛らしいし。
登場人物が多い分、同じ人物を3人の役者を使い、演じられる冒頭の時代背景などを見てしまうと少しばかり混乱してしまうが、落ち着いて見ていけばさほど難しい作品ではない。
個人的に好きなのは売春婦たちから情報を集めるべく、高級売春婦浴場で情報を得る場面は多重性に満ちており面白い。
この度、購入した彼のDVDを立て続けに見ていくと柔軟性が画面に深さを与えており、空間と映像の演出が非常にうまいなぁと思った。
とりわけ室内空間は彼の大傑作「奇跡」で最大限に追求されていた。
フレーム内の構造や室内でのカメラワーク、窓越しのショット、連鎖する映像などやはり印象残す。
それにしてもこの監督は宗教テーマにした作品が好みのようで、後の「怒りの日」や「裁かるるジャンヌダルク」や「奇跡」等多くの宗教関連の映画を撮っている。
もうすでに後の大傑作の1本であるジャンヌダルクでの暴徒化する群衆の映像はこの「不運な人々」のカオスなシークエンスの時からダイナミックにカッティングされていたのか…初めて知った。
やはり1人の監督の作品を全て見ていかないとわからないものだ。
余談だが、「ミカエル」も本作の「牧師の未亡人」と言う作品も他国で制作していると言うところを確認すると彼の出身地であるデンマークで映画を制作する事が非常に困難だったのかなと推測してしまう。
リアリストとして生きてきたドライヤーの物語の展開の特徴は非常に個人的には好みだ。クライマックスが素晴らしかった。
まだ未見の方ぜひお勧めする。