父は10年前に癌で逝った。
薬のせいか、癌細胞のせいか、
意識が混濁していた父がある晩、
右手をぴーんと天井に伸ばした。
必死の形相だった。
『くっそ!届かない』と父は言う。
聞くと、ドアノブに手が届かないと言う。
見上げると、火災報知器らしきものがあるだけだ。
『オマエも手伝え!あのドアを開けて、ここから
出て行くんだ!こんなとこで死んでたまるか!』
ベッドから起き上がれない痩せ細った父は、
何度も何度も火災報知器に向けて手を伸ばす。
だから、僕も一緒に、火災報知器に手を伸ばす。
(エンディングノート)2011年の作品。
劇場で鑑賞。父の死から3年が経っていた。
是枝監督の制作助手をしていた砂田麻実監督の
監督デビュー作。末期癌となった監督のお父さんの、
家族に迷惑をかけまいと、自分が逝く日までの
準備の日々と、家族の絆を、実の娘が、丹念に、
優しい眼差しで撮りあげたドキュメンタリー。
太陽みたいなお父さんに笑顔になる。
日本のサラリーマンを絵に描いたようなお父さん。
段取り、準備、几帳面に準備をしてゆく。
まるで自分の死が、会社の重要な会議か何かのような
仕事ぶりのお父さん。お父さんの柔らかな空気感が
そのまま、この作品の空気感になってゆく。
カメラに映っていたのは、死よりも、圧倒的な愛でした。
そう言えば、父は、最後は苦しまずに
眠るように逝った。ドキュメンタリー向きじゃないかも
しれないけど、それでも穏やかな顔で逝った。
そんな悪くない最後だったよね?と聞いたら怒るだろうか?