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クロワッサンで朝食をのねこたすのレビュー・感想・評価

クロワッサンで朝食を(2012年製作の映画)
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異国で暮らす人間は二種類に分けられる。環境に上手く馴染めず、同じ民族で固まって慰めあう人たち。反対に、その強い憧れから必死に同化しようとし、生い立ちをまるで拒絶しようとする人たち。

物語の中心にいるフリーダは、後者だ。若くして花の都パリにやってきた彼女。女優を目指すには、必要以上に自分を着飾らなければならなかったのだろう。その気丈さは、老いた今でも健在だ。

そんな彼女の世話を頼まれた、アンヌ。夫とは離婚し、子供たちも親元を離れている。母親の介護も、その死によってひと段落した。
このままエストニアにいてもしょうがないし、若い日に憧れたフランスに行けるチャンス。悩んだが、昔聞いていたカセットテープを掘り出し、気分を高める。

前任は黒人女性。新しく来たアンヌも移民労働者。この辺りはフランスの縮図だ。結局は家政婦などの仕事は移民が請け負うのだ。また、世話される方も移民なのだから面白い。

フリーダはアンヌの世話を受け入れようとしない。自分でやりたいが人に頼ることに葛藤があるのか、それとも人に対して厚い壁を張ってしまっているのか。フリーダを演じたジャンヌ・モローの声のしゃがれた感じがたまらない。それでいて、朝には読書したり、服装にこだわったり気品さは失われていない。こういうおばあちゃん絶対いるだろうなあ。

世話の依頼をしてきたステファン。彼とフリーダの関係が謎に包まれている。母親の世話を頼んでいるのか? しかし、ファーストネームで呼び合い、腕を組んだりして仲が良さそうだ。
この関係性の変化は、アンヌとフリーダの関係にも影響を与える。最初は老老介護や嫁姑のいやーなイビリを見ているかのようだった。
それでも、一人の人間として接するようになり、段々と打ち解けていく。クロワッサンはちゃんとパン屋で買わないと!

アンヌはフリーダがなぜ人を拒絶するか気になる。何があったのだろうか。塞ぎこむほど辛いことがあると、なんとか元気を出してもらおうと画策する。それが裏目に出てしまうのだが…。

あの歳になると、周りも人生を終える人が増え本音で話せる友人も少なくなるのだろう。フランス語とエストニア語の言い合いには、アンヌはあくまでエストニア人として気持ちをぶつけたのだろう。過去に嫌なことがあっても、それは変えようのな事実なのだ。同じようにエストニアからパリへ渡ってきた先輩後輩、いやあくまで友人として振る舞おうとする。アンヌがショーウィンドウ前でポーズを取ったようなことを、きっとフリーダだってやっていたはずだ。

未練は無くなったと思っていたが、駅まで来ても電車に乗ることが出来ない。夜のパリを歩いていると、エッフェル塔付近に来るころにはもう朝になっていた。
以前訪れた時には、周りが観光客ばかりでウンザリしたものだが、誰もいないと不思議と全てが自分のもののように思える。そして、冷えたクロワッサンを頬張るのだ。

いつの間にか彼女もパリジェンヌになっていたようだ。そして、帰る場所は仕事場じゃない。"家"なのだ。