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オンリー・ゴッドのbackpackerのレビュー・感想・評価

オンリー・ゴッド(2013年製作の映画)
4.0
【裏声絶叫ブチギレマザコンお兄さん】vs【刀で人斬り後禊のカラオケ絶唱オヤジ】、レディ……ファイっ!

ニコラス・ウィンディング・レフン監督といえば、マッツ・ミケルセンを映画デビューさせ、落ち着いた暴力描写に定評があり、ネオンの明かりの色使いが特徴的、そんな御仁という認識です。
本作では、世界的人気を得るきっかけとなった作品『ドライブ』に引き続き、ライアン・ゴズリングと協働。
独特な色彩感覚は本作でより先鋭化し、タイ・バンコクの奥に広がる薄暗い風俗店の怪しげな雰囲気に、抜群のマッチングがなされています。

そんな赤や青のビビッドなネオンに照らされ、彫りの深い顔に妖艶な陰影が作り出されるのは、本作の主人公?のジュリアン(演:ライアン・ゴズリング)。
主人公ポジションながら、表情の中に感情の起伏が現れることは殆どなく、作り笑いの笑顔を除いては、終始むっつりとした無表情。唯一のあからさまな感情発露は、裏声で「ドレスを脱げっ!!」と絶叫ブチギレするシーンくらいです。
この抑圧的なキャラクターの原因として、劇中では、"マザー&ブラザーコンプレックスが影を落としているため"と描かれます。

強権的で近親相姦的な愛により支配する母・クリスタル。
母の望んだ力強い男になるため歪みきった兄・ビリー。
二人(特に母)に対するコンプレックスから、実の父を素手で殴殺したジュリアン。
その殴殺経験もあってか、ジュリアンは自らの"手と腕"に対する苦々しい思いを抱えており、それがマザコンからくる女性への性的倒錯と相まって、「椅子に腕を縛り付けたうえで、目の前で女性に自慰をさせ、それを眺める」という情事にまで及んでいます。それでも、ジュリアンの顔が感情を発露させることはありませんが……。

斯様に複雑な背景を持ち、一筋縄ではいかないジュリアンは、ある種の"赦し"を求めています。それは、神によって与えられる赦し。原題『Only God Forgives』とは、まさにこの神の赦しを求める主人公と、裁きを下す者を指しているのです。


さて、そんな【神の赦し】を得るために、神の裁きを下す者とは、誰なのでしょうか?
そこでポイントになるのが、これまでジュリアンのことを主人公ポジションと書いていた理由です。
実は本作、ジュリアン視点で物語が展開し、主人公として描かれておりますが、そんな彼の存在を食ってしまう程の、圧倒的人物が登場します。
その名は、チャン(演: ヴィタヤ・パンスリンガム)。
刃渡り短い刀剣をポロシャツの背に隠し持ち、独自の価値観に則り容赦ない私刑で咎人を罰する、元刑事のオヤジです。
現役警官達が配下として付き従い、率先して彼のために動きます。

絶対的暴力装置たるチャンは、ビリー(本作の事の発端。16歳の娼婦をレイプし殺したため、チャンの計らいで、娼婦の父に殺される)、娼婦の父、自分と警官仲間を襲撃した破落戸……と、次々に裁きをくだしていきます。
遂にはジュリアンとステゴロの決闘になるのですが、表向きムエタイ事務経営者で自身もムエタイを嗜むジュリアンを終始圧倒。まるで赤子の手を捻るかのようにあしらいます。
洗練された所作で人を斬り、追跡すれば煙のように消え、襲撃も容易く退ける。ましてや主人公をボコボコに殴り倒すその鬼神の如き強さの前には、「あれ?主人公ってジュリアンだっけ?」と思わざるを得ない程の迫力があります。
見どころは、水辺の傍で刀の鍛錬をするシーン。流れるように振るわれる刀には、重さと軽さの両方が備わり、その横移動ショットには目を奪われること必至です。

話が少し逸れましたが、恐怖の俺ジナル・ルールに基づくチャンの裁きは、法律や道理といった世の理とはズレた視点から執行されます。要するに、チャンはこの作品で、神の裁きを下す者として扱われているように見える、ということです。
(チャンは人を斬った後、カラオケ熱唱という禊をするのですが、真剣な表情&仁王立ちなのに華麗な歌声のギャップが最高です。)
それゆえに、ラストシーンでは、ジュリアンは自らチャンに裁きを求め、彼に両腕を差し出し……となるわけです。
チャンが下した裁きの刃は、ジュリアンの中に沈殿する屈折した家族愛の鎖から解き放つと同時に、彼の失ったものをもって赦しとなすということなのだと思います。


長々と書きましたが、つまるところ本作は、神罰の代行者と罰を望む咎人の邂逅を描いた、めぐり愛バンコクな物語ということです。

なお、映画のラストの「アレハンドロ・ホドロフスキーに捧ぐ」という謝辞は、『サンタ・サングレ/聖なる血』に着想を得ているためのようですね。
ホドロフスキーとの和気藹々とした師弟関係を覗き見れる、本作舞台裏ドキュメンタリー映画『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウィンディング・レフン』も併せて鑑賞すれば、「これであなたもレフンワールドの虜になること間違いなし!」……なのかな?
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