カラン

静かなる叫びのカランのレビュー・感想・評価

静かなる叫び(2009年製作の映画)
5.0
青山真治の『ユリイカ』は、色盲になるほどの痛み、心神喪失に至る子供、そのそばにいることでさえ慰めになる孤独、それはただ時間だけが解決できる/できない痛みなのだとでも言うかのようにゆったりと、長く、長く、長く、悟りに続くa long and winding roadを描いた、九州のバスジャック事件を巡る、200分を超える、柔らかなコントラストのモノクロームのロードムービーだった。

ドゥニ・ヴィルヌーブは、冷たいモノクロームに、ミニマルなノイズ系のサウンドで、間違った回転をするカメラとともに、雪と血、枯れ木と新緑、無意味な独白と躊躇のない銃声を響かせる。77分。残酷な美しさに、不謹慎にも、もっと観ていたい、もっとこの冷ややかに分解していく世界に浸かっていたいと感じてしまう。

ドゥニ・ヴィルヌーブはここでもと言うべきなのだろう、『ユリイカ』のように物語に解決を与えない。エントロピーは高まり、世界は分解し、発散し、消えていく・・・「怖い」のだ・・・だから、分解にあらがうには、きつく抱きしめ合わなければならない。しかしまた、抱きしめて欲しいが、抱きしめらていいのか?自分の中で何かが膨れ上がって出口を求めている。この恐怖をこの世界の誰かと共有していいのか?吐き気をぶり返さないだろうか?この壊滅的な被害の中で、この世界の可逆性を信じられるのか?映画のラストで、ためらいながら、女が男の肩にしがみつくシーンは、恋人たちの抱擁というよりも、世界の消滅に立ち会う者の、悲痛で、孤独な決意に満ちた、映画史に残すべき、モノクロの抱擁である。

抱きしめ合うことの意味を、これだけ重層的に、描ける映画監督はどれだけいるのだろう?

以下、メモをつけておく。どうぞ、鑑賞後に。















『静かなる叫び』

いくつかの場面。ライフル銃の男とJFは収束し、同一の系を作りながら、また発散する。ヴァレリーは最初から、分身し、発散し、差異化の系をなすが、緩やかにライフル男の母と情動的な同一化を果たす。

☆ライフル男
ソファベッドの乱れをなおして、シンクに溜まった食器を洗う。

車で出かける。

実家なのか、母親とおぼしき人物が雪降る庭で雪かきしているのを車から見る。母に、「仕方がなかったんだ」、と置き手紙をポストにいれて、大学に向かう。

カメラが図書室の開架を捉えたかと思うと、気色悪く横倒しになり、かがんで覗き見るようなアングルで、這いよっていき、開架の自習机でレポートを書いているJFを捉える。


☆JF
シーツをそこそこ直し、エントロピーの溜まったシンクを見つめる。

車で出かける。例の空撮無人ショット。走っている車を中心に高度がせり上がり、カメラの向きが逆行し、進んでいるのか、戻っているのか、不明。雪原の上をカメラは伸びていき、砕けた流氷が散在し、発散し、合間に黒々とした海がのぞいている。

実家。窓から母親が、薪の準備をしているのが見える。母親の心配にろくな返事ができない。

車で帰る。途中、路上で吐く。

夜、闇の中でライターを着火する。火を見つめる。泣いている。

雪原。誰もいない。排気ガスを車内に引き込むために、ゴムパイプをビニールテープでマフラーに取りつける。車内に入り、エンジンをかけると、マフラーから窓に伸びたパイプが、虫のように黒光りしながら、グロテスクに脈打つ。劇中、もっとも生々しい描写。

突然の銃声とともに、理論物理の授業の場面に。教室で、女と男で左右に分かれろと命令されている。


☆ライフル男
目についた女たちを射撃。おもむろに、コートを脱ぎ、自分のひたいにライフルの銃口を当てる。頭を撃ち抜く。男の血が広がると、殺した女の死体から広がっていた血と、交わり、羽根のような、ハートのようなフォルムを、強い黒で描く。死、あるいは異なるものの結合。


☆ヴァレリー
トイレ、複数の鏡の中で乱反射し、分身し、もう既に、どこにもない世界に囚われている。

友人は死滅。タンカで運び出される。天井と床が逆さまで、フィルムをひっくり返したかのようなあり得ないパースペクティブで、長い、通路を、カメラは写す。間違った世界。どう間違っているのかも、分からない撮影の仕方。

タバコの煙を窓の隙間から出している。事件で亡くなった、かつてのルームメイトの癖がうつっている。死者との同一化は、この物理的な世界では、分解を意味する。

バスルーム、また鏡像、吐いている。

父と電話で話す。実の母は不在。

手紙。ライフル男の母親に、想像上の親近感を抱く。恐怖。行き場のない思い。赤ちゃん。ヴァレリーが唯一この世で恐怖を共有できるのは会ったことのないライフル男の母だと明かされる。

「私たち、会ったことはないけれど、内的に結びついている。」

この恐怖は共有不可能。

ためらいながら、恋人と抱擁を交わす。母になる決意。
カラン

カラン