真田ピロシキ

静かなる叫びの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

静かなる叫び(2009年製作の映画)
4.5
1989年にモントリオールの大学で起きた銃乱射事件に着想を得たドゥニ・ヴィルヌーヴの2009年作品。実話に基づいているが登場人物は架空のものと前置きしているように歴史的事実が重視されているのではなく、登場人物の人となりは断片的で名前すらなかなか分からない。バラバラの時間軸や全編モノクロの映像が登場人物の匿名性を高めていて、情緒を煽るような演出は少なく尺は80分足らず。これが欠点に感じられることなく、最小限の情報に最大の密度を込めて気を抜けば取り残される難しさを提示する。この分かりにくさは現実にある普遍性を切り取るためには譲ってはいけない所。

本作の次に撮られた『灼熱の魂』も分かりにくく、舞台となった中東が架空の土地だったように必ずしも事実に基づいてはいなかった。事実ではなくても熾烈な宗教対立が生み出す残忍さは真実で、そうした残忍さは宗教問題に限らない。理不尽な暴力や死はどんな場所にもある。銃乱射中の学校内でそれに気付かず爆音で音楽かけてビール飲んでる部屋があったように日常とは薄氷を隔てた紙一重の距離。何気ないものを時々変わったアングルで撮っているのは見方次第で容易く奇妙になる日常の危うさが表れていて、一見して分かる邪悪さ等は存在しない。

本作では性差別がテーマの一つ。銃乱射男は反フェミニズムを拗らせた末に凶行に及ぶが、これが惨めな自分を正当化するための隠れ蓑に反フェミニズムを持ち出しているに過ぎない。こういう人間は特別でもなく、上手く行かないから何かに憎悪を向けるのは頷ける話。インターンの面接で受かるために「子供を産む気はない」と言わされるのも性差別のよくある例で、もっともらしい理屈をこねる採用側は酷いことを言っている自覚もない。惨劇を生き残ってキャリアを積みながらも子供を産むことを選択する女性は様々な不条理に向き合って前進した社会の姿。これが30年近く前を描いた話なのが医大受験であからさまな差別が明らかになっても「そういう仕組みなんだから仕方ない」と擁護する先進国ぶった未開国に生きてると憂鬱。お前らの理屈なんざ銃乱射男と同レベルなんだという認識がせめて共有されないとどうにもならない。

ハリウッド映画を手がけるようになってもそこまでスタイルは変わらないヴィルヌーヴ監督は応援したい。ブロックバスター映画への興味をすっかり失っただけに尚更に。『メッセージ』も『ブレードランナー2049』も彼のキャリアからするとまだ分かりやすいくらいなので、客に挑戦状を叩きつけるような映画も時々頼みます。