みかんぼうや

もうひとりの息子のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

もうひとりの息子(2012年製作の映画)
3.9
【取り違え新生児というテーマに、中東の複雑な敵対関係と強い宗教観が加わることで、出自とアイデンティティの繋がりを描く】

これは中東を舞台にした映画の中でも個人的にとても好みの作品。感動させられる、といった作品ではないですが、作りも丁寧で短い時間の中でしっかり考えさせられる作品。私が現地の方(イスラエル人かパレスチナ人)だったら★+0.5は付けるだろうな・・・と思うのは、“中東映画あるある“ですが、やはり中東情勢の文化的背景や歴史の理解と宗教観がかなり大きなウェイトを占める作品だからです。

内容としては、いわゆる“新生児取り違え”物で、この設定自体は今やそれほど珍しいものではないと思います。このテーマで私がすぐに頭に思い浮かべるのは是枝監督の邦画「そして父になる」で、同テーマから似たようなテーマになるのかな、と思いましたが、そこはお国柄の違いもあり、“家族の絆”という共通テーマはありつつも、徐々に異なる視点やテーマに移っていきます。

分かりやすいため両作品を比較しますと、「そして父になる」は、取り違えられた新生児たちは作品内では小学生になっており、作品を通してその子どもたちの“両親の視点”で描かれていると考えています。その両親視点を通じて描かれているのは主に “親子の絆”とともに“社会格差(貧富の差)”であり、平たく言うと「人は裕福でなくても精神的幸福(親子の本当の絆含め)を手に入れられる」という、とても邦画的で分かりやすいテーマが主軸にあると思っています。

対して本作は、“家族愛”こそ共通のテーマとしてありますが、取り違えになった新生児たちが既に大学生ほどの年齢になっており、作品全体として、親視点ではなく、取り違えにあった“本人たちの視点”で描かれています。そして、その取り違えが、敵対するイスラエルの子とパレスチナの子であったこと、さらに両国それぞれで人種(アラブ系、ユダヤ系)とそれに従って宗教が異なることから、自分は敵国の人間であり信奉する宗教も異なっていたことが分かり、「自分は一体何者なのか?」という“アイデンティティ”をテーマに描かれているように感じます。

特に、ユダヤ人として育ってきたにも関わらず、実はユダヤ人ではないことが発覚した時点でユダヤ教徒として認められなくなった、というシーンは、出自というただ一つの要素で、人生を全否定されているような内容で、中東における強い宗教観を改めて感じ、個人的にとても衝撃を受けました(冒頭に記載した、自分が現地の人だったら、さらに高い評価をつけていた、というのは、このあたりの観方の深さで、現地の方とは埋められないほどの差があると思ったからです)。

他にも、自分が敵国の子であると分かった途端に態度が豹変する兄弟など、こちらも出自が違っていただけで、同じくそれまでの人生の関係を全否定されるようなシーンがあるなど、その根深さをまざまざと見せつけられます。

しかし、本作の救いは、そんな両国の非常に複雑な関係の中で生きる当人たちが、決して憎悪や卑屈の渦に巻き込まれるだけではなく、前向きさを持って接していくところにあります。その点で、ただただ辛く重い映画とはならず、しっかり希望を見出だせる作品だったことも個人的に好感を持ちました。

社会的、文化的な身近さという意味で、作品としては「そして父になる」のほうが分かりやすく入り込みやすかったので好きですが、それは私が日本人だからで、本作も非常に良い映画でした。派手さは無い作品ですが、途中途中でかかる音楽も、民族音楽やジャズなどをうまく取り込んでいて非常にオシャレで、100分強と時間も短めながら、無駄なシーンもなくテンポも良いので、社会派映画としての重さはありつつも、非常に見応えのある映画でした。
みかんぼうや

みかんぼうや