ろく

最後の日々 生存者が語るホロコーストのろくのレビュー・感想・評価

4.0
彼岸ではなく此岸として見るべき映画だろう。

いや、このようなドキュメンタリーがあることを知らなかったのを後悔。ホロコーストから逃げ延びたユダヤ人の「被害者」がナチスのことについて語る映画。映画の多くが彼らの「語り」だけなのに、多くの映画より雄弁に明確に「事件」を語る。

正直、正視に絶えないシーンが続き、胸が痛くなる。ユダヤ人に関してはある程度知っていたけど、それでもこの映画はきつい。残っている映像はオブラートに包まず、僕らに提示される。

僕が特に正視できなかったのはトイレのシーン。トイレの跡地を見せられるのだけど、そこにあったのはただの穴が並んでいる物体。つまりパーソナルなスペースは全くなく、牛や豚のように用を足さなくてはいけない。そこに人としての尊厳は全くない。

それでもナチスに捕まる前は。そう、捕まる前の写真も最初のころに提示される。当たりまえだが「普通」の人たちなんだ。オシャレもすれば男の視線も気にしたり。パーティにも行くし水着も着ている。それはほんとに「普通」なの。そんな人から「尊厳」を奪う行為はやはりしてはいけないことではないかと思う。

ただこの映画を見て「ナチスはひどい。許せない!」と思うのは僕はダメだと思っている。というのもそれは自分を安全な立場において(そんなことするはずないと仮定して)他方を批判する行為だ。この映画で大事なのは「ナチスに自分はなる/なってしまう可能性がある」と思うことでないかと思っている。

そもそもドイツの人たちは「普通」でなかったのか。ナチ親衛隊はみんな頭のおかしいサディズムなのか。そうではないだろう。それは僕らも同じ。ボタンを掛け違えてしまうだけで「そうなる可能性がある」ってことなんだ。ポルポトだって光州事件だって連合赤軍だって、そしてウクライナだって事件は向こう側で起きているわけではない。僕らはいつでも「残酷」になれる。それを認めることこそが大事なんじゃないかな。ホッブスが言っているように人は生まれながらに狼なんだよ。そしてそれを抑えるために人権が、国が、憲法があるはずなんだ。

今回のウクライナの報道でも「ロシア人はひどいです。日本人はそんなことできないですよね」と言っていたテレビのアナウンサーがいた。正直あまりの無邪気さに愕然とした。歴史を知らないというのはこういうことなのかといきり立った。日本人が過去してきたことは知らないのかと。

被害者を阿るだけの作品ではないんだ。自分がいつか加害者になる、それを未然に防ぐために作品なんだ。
ろく

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