サマセット7

ゼロ・グラビティのサマセット7のレビュー・感想・評価

ゼロ・グラビティ(2013年製作の映画)
4.6
監督は「ハリーポッターとアズガバンの囚人」「トゥモローワールド」「ROMA/ローマ」のアルフォンソ・キュアロン。
主演は「スピード」「しあわせの隠れ場所」「デンジャラスバディ」のサンドラ・ブロックと、「オーシャンズ」シリーズ、「マイレージマイライフ」のジョージ・クルーニー。

酸素も気圧も、そして重力も存在せぬ死の世界、宇宙空間。
宇宙望遠鏡の整備を、スペースシャトルからの船外活動で行う医療博士ライアン・ストーン(サンドラ)。
傍では同じく船外活動中の指揮官マット・コワルスキー(ジョージ)がヒューストンの管制局と冗談混じりの会話を続けている。
ライアンにとっては初の宇宙飛行。明日には地球に帰れる、はずだった。
突如ヒューストンから緊急連絡が入る。
ロシアの衛星破棄ミッションが予期せぬ結果を生み、大量の人工衛星の破片が高速で向かってくるというのだ!!
避難を急ぐクルーたちを嘲笑うかのように破片はシャトルを直撃し、ライアンは宇宙空間に回転しながら吹っ飛ばされる。
飛ばされた先は、掴む物も、足場すらない、宇宙空間。
ヒューストンとの通信すら繋がらなくなる。
宇宙服の酸素残量は残りわずか…。

2013年、大ヒットを記録したSF・ヒューマン・サスペンス。
特に映画批評家から圧倒的な支持を集めた作品。
アカデミー賞監督賞を含む7部門受賞。
その他多くの映画賞を受賞。
1億ドルの製作費をかけて作られ、世界で7億ドルを超える興行収入を得た。

今作は、2001年宇宙の旅、アポロ13など、リアルな宇宙空間の描写に挑んだ作品群に連なる作品である。
高い評価の理由は、圧倒的なリアリティのある宇宙空間の描写、3D表現に最適化された最新の映像美、90分間強の上映時間中ほぼ間断なく続くスリリングな展開、そして、その極限状況の中に人間の前向きな変化というヒューマンドラマがしっかりと描かれている点にあると思われる。

まずは、冒頭から始まる13分にわたるワンカット長回し映像が凄まじい。
上記のあらすじの範囲は、全てワンカットである!!
メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン監督は、グリグリ動きながらカメラが空間を移動するワンカット映像を駆使することで知られる御方。
アズガバンの囚人でも一部見られたし、トゥモローワールドのワンカット映像は有名だ。
今作は、彼の映像面での集大成的な作品と言えるのかも知れない。
ワンカットの映像の中で、キャラクター、人間関係、船外活動の困難さなどが、効率よく自然に理解される。
そして、ワンカット映像だからこそ、その最中に訪れる破滅的危機のリアリティは観客の胸に迫る。
事故の後、サンドラ・ブロックがシャトルと繋がったままグルングルンと回転する映像からは、観ていてダイレクトに肉体が反応するような、未経験の感覚を味合わされる。

今作で終始描かれる宇宙空間での孤立感の描写は無類である。
寄る辺のないこと、他者が側にいないこと、他者の声が聞こえないことの、絶望的な不安感と孤独。
映像や描写の精妙さや、主人公と視点を共有する主観映像は、主人公のサンドラ・ブロックに対する共感を促し、だからこそ孤立感は胸に迫る。
ジョージ・クルーニー演じるマットの存在は、ライアン同様に観客にとっても救いである。

今作に顔の出る役者は、主演の2人しか出てこない。
驚くべきシンプルな編成だ。
2人とも素晴らしい演技を魅せる。
特にサンドラ・ブロックの作り込まれた肉体の躍動と表情の繊細な変化は見事だ。

普通の映画一本分くらいのクライマックスを30分〜40分程度で経て、まだまだ今作は我々とライアンを許してくれない。
襲いくる生命のむき出しの危機は、ライアンに死の接近を突きつける。
死と直面することで、ライアンは自らの過去と向き合わざるを得ない。
無限と思える虚空は、人を内面に向かわせるのか。

危機に次ぐ危機の中で、描かれるドラマは、私にとっては、極めて感動的であった。
とあるシーンでは、びっくりするほど、心を動かされてしまった。
泣いた。
この映画は、大切な一本となった。

今作のテーマは、私たちが当たり前に享受している、重力をベースとする地球環境の、奇跡的なありがたみである。
そして、私たちが、当たり前のものとして享受している、他者や生命の存在の、その声の、圧倒的なありがたみである。
終盤からラストシーンまでの流れは、象徴的である。
この映画を観ると、生きていること、生かしてくれていること、生きてくれていることに、感謝の念を感じざるを得ない。
大真面目にこんなことを書くのも恥ずかしいが、そう感じたのだから仕方がない。

今作は、批判も多く、好き嫌いの分かれる作品のようである。
多く目につく批判は、リアリティを売りにした作品のわりに科学的に誤った描写が多く目につく点と、テーマパークの3Dアトラクションのようにクライマックスが終始連続する結果、「深みのある人間描写」に欠けるというもののようである。
科学考証に関して言えば、私が受けた感動に照らせば、軌道傾斜角がどうとか、オムツやら消火器やら宇宙服の手袋のうんたらかんたらは全くもって些細なことである。
勿論、今作の描写が全てリアルであると考えるのはよろしくない。非リアルな描写は映画的演出と割り切るのが吉だろう。
後者の批判は、私は全くそうは思わなかった。見解の相違であろう。

10年代にして現れた、新たなる宇宙SFの傑作。
一つ残念なのは、この映画は、最新設備の揃った劇場で観るべき作品であった、ということである。
全く、後悔先に立たずとはこのことだ。
それでも、どうしようもない過去を、悔やんでも悔やみ切れないとしても、人は、前に進むべきなのだ。
今作のライアンのように。

2023.12.19 4.4→4.6