回想シーンでご飯3杯いける

パトリオット・デイの回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

パトリオット・デイ(2016年製作の映画)
1.5
本作が日本で公開された時に日本の警察とコラボ・ポスターを展開していた事を覚えている。「テロ撲滅!」という警察の意向と本作のメッセージが合致したのだろう。

正直に言うと、1本の映画が、警察のように権威的な、しかも企業ではなく国家機関とコラボを展開する事に、とても嫌な感覚を持った。だから劇場での鑑賞を見合わせ、今回レンタルにて鑑賞したわけだが、やはりこれはプロパガンダ映画ではないかと思ってしまう。

テロによる爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ足が何度も映し出される。子供の遺体が醸し出す悲しさ。それが本作のストーリーの中では、犯人逮捕に向けた市民の団結へと繋がるドラマになっていくわけだが、映画を観る観客に対しては「テロ酷い」「テロ怖い」というキャンペーンとして機能してしまう側面を強く有している。この構造が、先に挙げた警察とのコラボのような展開に繋がっていくのである。

テロ撲滅は重要なテーマである。しかし、テロを生む背景を無視して達成できるのもではない。本作の最も拙い点は、犯人の動機について触れていない事にある。そこに触れないで、無口な外国人の不気味さと犯行の残忍さだけが描かれる。そうした描写が外国人差別や排他主義を生み、次なるテロの動機を作り出す。本作の中でボストン市民は一体になったように見えるが、犯人もボストン市民であった事を忘れてはならない。

終盤での警察やFBI勢のご本人登場や、被害者へのインタビューの多さにも閉口してしまう。ドキュメンタリー作品ならまだしも、これで入場料を取るという発想は、僕にはかなり下品に感じる。実際のボストン市民は本当に素晴らしいと思う。しかし、それと映画としての本作の評価は別物である。

最後に地元最大の新聞紙「ボストン・グローブ紙」に掲載されたレビューを紹介したい。

「よく言って不必要、悪く言えばやや侮辱的な作品。必要な意味合いは、実際の被害者やその家族、彼らを救った人々の目の前だけにある。映画スターは必要ない」

なお、本作の主人公、トミー・サンダースは実在しないそうだ。