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ハンナ・アーレントのSIのレビュー・感想・評価

ハンナ・アーレント(2012年製作の映画)
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2018.8.22
自宅TVにて鑑賞

矢野久美子著『ハンナ・アーレント』(2014)を読んだので、数年前に話題になっていたこちらの鑑賞に至った。

ハンナ・アーレントは大戦後最大のタブーに切り込んだ女性哲学者である。
元SSのアイヒマン判決への考察で「何百万のユダヤ人を絶滅収容所送りにしたアイヒマンは際立った悪人ではなく、思考力のない凡庸な人間であったからこそ虐殺出来た」と主張したのだ。
またアイヒマンへの一部ユダヤ人指導者の協力も指摘したことでユダヤ人から大量の非難を浴び多くの友人から絶縁された。

伝記を読む限りその生涯はかなりドラマティックなのだが、今作の脚本は極めて残念である。
晩年のアイヒマン判決の前後しか描いていない為にハンナがどういった人間なのか分からず感情移入が難しい。
また、あまり有名でない夫の不倫にフォーカスしそれにハンナがドキドキするというどうでもいいプロットラインが太く敷かれているのもしょっちゅう気に障った。

役者の感情も良く分からない演出だし、ハンナが煙草を取り出し吸うカットが10回はあったが全くかっこよくないし、そもそもなんかまずおばさんだし、、、
照明は暗すぎるわ音楽は静的すぎて攻めないわで、良かったのはカメラワークくらいだろうか?

自分がやるなら彼女の幼少期から全部描く、というか誰であってもそうだろう。

彼女の育ったケーニヒスベルクの当時(1910年代)の空気感(そこはユダヤ啓蒙主義の中心でありユダヤ教とゲルマン文化が緩やかに融合していた)。
ユダヤ教徒ではないがユダヤ人であることに誇りを持っていた両親の影響。
キリスト教徒だったベビーシッターの存在。
7歳の頃に梅毒で父親が死んだ衝撃。
梅毒の先天性感染が疑われ常に死がちらついた幼少期。
内向的になると同時に開花させた圧倒的知性。
マールブルク大学での天才ハイデガーとの出会い、そして別れ。
ドイツ最古のハイデルベルク大学での恩師ヤスパースとの日々。
ナチスの台頭。
パリでナチスへのレジスタンス活動を展開した数年間。
収容所経験。友人ベンヤミンの自殺。

これら全ての過去をきちんと描いてこそ、アイヒマン判決での彼女の発想は筋が通るのだし、彼女へ向けられた非難も容易に退けるべきものではなく、理解できるようになるというものだ。

ひたすらハンナ役にハンナの思想を語らせれば観客に伝わると思ったのだろうか。
「口で言って言葉で伝わるのなら、映画にする必要がない」
宮崎駿の言葉である。
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