「ハンナ・アーレント」に投稿された感想・評価

ユダヤ人追放のスペシャリスト、アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴・記録し、記事におこした、実在したユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの物語。

メッセージ性の強い、素晴らしい映画でした。

ホロコーストの責任者であり、悪そのものであり、悪魔のように思われていたアイヒマン。自身もホロコーストから逃れ、アメリカに亡命しており、特別な思いを抱えながら裁判の傍聴に臨んだアーレント、そこで彼女の目に映ったアイヒマンは―

彼女は初めからこの結果を想像できていなかったのだろうか。もちろん、ある程度は想像の範囲だったと思う。が、ここまでの騒動になるとは想像していなかっただろう。彼女はただ、アイヒマン裁判から考え、事実を分析し、真実はどういうことなのかを伝えただけなのだ。

アーレントの説く“悪の凡庸さ”は過去・現在の様々なシーンにおいても言えることであり、決して誰一人、可能性がないと言い切れるものでもない。それは悪魔のような人物が存在すること以上に恐ろしいことだ。

だから私たちはどんな時も考え続けることを諦めてはいけない。時に勇気が必要だったり、時に辛い選択だったり、真実が全て幸せには繋がるとは限らない。もしかしたら、逆のことの方が多いかもしれない。何が正しいかなんて一概には言えない。

ああ、せめて自分の行動には責任と自信を持ちたいな。
ラストのスピーチ、心にぐっときます。
最後のスピーチが胸に刺さる。
ハンナ・アーレントの本をチェックしたくなった。
百聞は一見に如かずでした。アイヒマン裁判を傍聴し、思索するハンナ・アーレントの姿とその結論の講義。色々知らなかったことが多く、非常に刺激的な作品でした。

アインヒマンに、全く個人の意志がなく、組織の役割を全うしただけだったという所から、ハンナの思索が始まります。

ハンナが同僚男子たちにレディ扱いされている姿、思索に耽るときにソファーに横になって煙草を吸う姿が好印象。作品の品格を高めている。

組織の中で役割に徹してしまうととんでもないことになることがわかりました。また、逆に役割を演じてしまえばなんでもできてしまうことも肝に銘じたいです。
こういう映画を生涯でたくさん見たいと思った。
科学か信心か
事実か真実か
理性か友か
人か神か

難問に挑んだもう一人の“鉄の女”
科学の徒、必見の一作。
全体主義の起原読んでて難しいので観た。ハンナアーレントのアイヒマン裁判傍聴からの孤高の戦い。

人類史上で類の見ない悪事は、思考を放棄した非人間的な人間によって淡々と成されたのだという「悪の凡庸さ」

本当「悪」ってなんだろうね


信号無視をしてはいけません
ポイ捨てをしてはいけません

これを破ったら小さな悪ではあるけど、これは悪ではないよね

もっと大きな悪
昔は許されたものの今の時代では悪なことはある
悪の定義も変わる
だから悪って難しいな



思考については
確かにそうだなと
考えてないときは悪の分別なんてそっちのけだからな
この作品は、ハンナ・アーレントの生き様や信条を描いたものです。アイヒマン裁判所を傍聴して、雑誌に載せた考えが多くの人々から批判されるというのが物語の中心となっています。

テーマがナチスとユダヤ人なので、非常に難しいものであると思います。この事柄に正面がぶつかり、真剣に考えたのが彼女だと思います。哲学的なので少し理解しにくいかもしれませんが、クライマックスの教室のシーンでわかりやすくなっていると思います。そして、なぜ彼女があのような考えを批判されるとわかっていながらしたのかという理由も描かれていたと思います。

今作は彼女の物語ですが、彼女を批判した人々だけではなく、支えた人々も描かれていたと思います。
この作品は悪とは何かを考えさせられるものだと思います。
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