塚本

リアリティのダンスの塚本のレビュー・感想・評価

リアリティのダンス(2013年製作の映画)
3.5
舞台は、1920年代、保守独裁政権が成立した、チリ。
アレハンドロ少年はウクライナから移民として彼の地にやって来て、下着専門店「ウクライナ商店」を営む共産党員である父親から厳格な躾をされ、また、学校では見た目のひ弱さから、ピノキオと蔑まれ、日々暗い毎日をおくっていた。
物語の前半はそんなアレハンドロ少年の成長過程を、現実と幻想の狭間の裡に描出してます。
物語の序盤、アレハンドロが小石を海に投げると、それに呼応して津波が襲いかかって来る。引き揚げた波の跡の砂地には大量のイワシが打ち上げられている。
さらに、それらを捕食すべくカモメの群れが一個の流動物のように全体が、身をくねらせ沖から湧き上がって来ます。
空の蒼。
イワシの銀。
海の藍。
ホドロフスキーは色の配色が相変わらず見事だ。
そして、フリークスの群れ。
街中に四肢をダイナマイトで欠損した元兵士たちを憐れむアレハンドロ少年にも、父親は容赦しない。彼らに施しを与えるどころか、容赦なく暴力を振るいます。
ところが、ペストに侵された一群が丘からやって来たときには、門扉を閉ざす住人とは逆に、ロバで水を運んで彼らにほどこします。この辺のキャラクター設定の矛盾はエルトポ以来見慣れているので、気にはなりませんでした。
むしろこの後が、悲惨で群衆は水を運んで来たロバまで食っちまうのです。
そして、あろうことか父親もペストに感染してしまうのです。
皮膚がはげ、発疹が出て痙攣する父をなす術もなく見守るアレハンドロ少年。
すると母親(オペラ調でしかセリフをはなしません)が夫に跨り、神への祝福を唱えながら小便を撒き散らします。聖水を浴びた父親は瞬時のうちに完治しちゃいます。このエピソードはホドロフスキーらしい宗教観念、もしくは愛の表現の仕方だとおもいました。

ある日、消防団員でもある父親は、火事の現場にアレハンドロ少年を連れて行きます。不幸にも団の1人が黒焦げの焼死体として発見されます。
父親は、アレハンドロ少年にその焼死体を凝視することを強要し、神などいない、死んだら腐っていくだけだ、と言います。アレハンドロ少年は葬儀の行進の時に、朽ちた身体から蛆虫やナメクジが這い出る、棺おけの中の横に押し込まれる幻想を見て、失神してしまいます。

…ある日突然、父親はイバニュス大統領を暗殺する計画を仲間の共産党員と共に打ちたてます。大統領主催の犬の品評会で、機を見た仲間が大統領に銃口を向けるが、何故か父親は大統領の盾になって結果的に彼の命を救ってしまいます。
父親は再度大統領の暗殺の機会を窺うべく、愛馬の世話役になりすましますが、大統領が馬を愛する「善人」であることを知ってしまった父親は結局、最後の最後に決心が揺らぎ、持っていた銃を捨ててしまいます。

…そのころ、アレハンドロ少年は父の不在に心の拠り所を失い、心が闇に浸食されようとしています。
それを救ったのも母親の愛でした。
闇も神の一部だから自分が神になればいい、と全身に靴墨を塗ったくり、夜の酒場に繰り出し闇を克服します。

…一方、アイディンテティを見失った父親の指は硬直し、両腕が国旗になってしまいます。
記憶をも失った彼は小人の女に拾われます。この辺はエルトポの流れににていますが、遠く離れたアレハンドロ少年の祈りの込めた石つぶてが、父親の寝ている部屋のトタン屋根を叩いた時、彼は記憶を呼び覚まし、役目を終えたと知った小人の女は首を吊って死んでしまいます。
町を出た父親は、導師たる家具職人の弟子になり、教会に寄付する椅子を100個作りあげます。もはや彼はかつての無神論者の彼ではなく、愛する意味を知り、信仰の重要性をも悟ります。
ところが、そこへナチスが、町に攻めて来て父親はユダヤ人かつ共産党員であることから捕まってしまい、過酷な拷問を受けます。
ただ、これがなんのための拷問かは、イマイチはっきりしません。俺にはただ、キリストの受難になぞらえて、拷問を受けたのだと、解釈しました。或いは監督の趣味で色んなバリエーションの拷問ショーを見せたかっただけなのかもしれません。
結果、父親の信念?は揺るぐことなく、耐え抜きナチスの失脚とともに、彼は解放されます。
そして、聖者として家族と再会した父親は新天地にむけて、船に乗り込みます。


テーマはエルトポの別バージョンと言ってもいいでしょう。ただ違うのは、そこに少年の無垢な視点が入っているというところ。最初に書いた海やイワシの色もそうだが、ペスト患者の群れのくすんだ黒、灰色の階段で踊る靴の赤、身体中に塗られたワックスのビビッドな黒…
デスマスクや、髑髏の面を被った町の住人。
これらは少年の視た大人社会の実像なのだろう。
ホドロフスキーは80歳を過ぎてもそのイメージを忘れることなく、映画という幻影に焼き付けたのだ。
まあ、相変わらずツッコミ所満載の本作だが、老いて尚、このダイレクトで瑞々しいイメージの奔流に、本日は打ちのめされました。
塚本

塚本